いったいどこへ?
夜の空気は冷たく、街はすっかり静まり返っていた。
探しても探しても、母の姿は見つからない。
焦りと不安で胸が締めつけられる中、和栄はふと、昔よく母と一緒に歩いた商店街へと足を向けた。
寂れたアーケードの下、シャッターの閉まった店が並んでいる。
昼間はわずかに開いている店も、今はひっそりと眠っていた。
こんなところにいるわけないかと思いながらも、不思議と引き寄せられるように歩いていった。すると、アーケードの先、街灯に照らされた歩道に、小さな影が見えた。
「……お母さん!」
和栄が駆け寄ると、母はよれたカーディガンを羽織り、ぼんやりと辺りを見回していた。その顔には、不安と、何かを探し続けるような切実さがにじんでいる。
「お母さん……ここにいたの?」
「ああ、和ちゃん……お肉屋さんは、どこかしら?」
「え、肉屋……?」
「困ったわねぇ、せっかくコロッケ買いにきたのに」
「コロッケって……あっ」
唐突に、思い出した。
お肉屋さんのコロッケ。子どものころ、和栄が学校で嫌なことがあった日。友だちと喧嘩した日。試験でうまくいかなかった日。そんなとき、母は必ず、あの肉屋のコロッケを買ってきてくれたのだ。
「和ちゃん、これ食べたら、元気になるよ」
そう言って、まだ温かい紙袋を手渡してくれた母。カラッと揚がった衣の匂い。ひと口かじると、中からほくほくのじゃがいもがあふれ出す。その優しい味が、どれだけ慰めになったことか。
和栄は母の手をそっと取った。
「お母さん、もうあのお店はないの。何年も前に閉まっちゃったんだよ」
母はきょとんと和栄を見上げた。
「そう……和ちゃんの好きなの、今日は売り切れみたいねえ」
分かっているのか、いないのか、小さく呟いて、母はふっと微笑んだ。その無邪気な顔に、和栄は思わず目頭が熱くなった。
「お母さん、ごめんね」
母は、ただにこにことうなずいた。
「和ちゃん、寒いから、もう帰ろうか」
和栄は母の細くなったその肩に、優しく手を添えた。そして、母の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出した。寂れた商店街の向こうには、夜空が広がっていた。