だってあったから
「へえ、旦那さんが何でもかんでも食べちゃうんだ」
「うん。そこに関してはほんと遠慮がないんだよね……」
月に1回の美容室のあと、高校からの親友である美彩と合流した佳織は表参道のカフェのテラス席でコーヒーを飲んでいた。
美彩には小夏という4歳になったばかりの娘がいることもあり、家族ぐるみでの付き合いもある。子育ての愚痴を言い合ったり、情報交換をすることも多かったが、この日の話題はもっぱら礼司の食い意地だった。
「この前もさ、コンビニで期間限定の美味しそうなプリンがあったから買っておいたの。そしたら、知らん顔でそれも食べちゃって。3つしかなかったんだよ。それはもうさ、どう考えたって1人1個だって分かるよね?」
「まあ、3人家族で3つあったらそう思うよね。ちゃんと文句言ったの?」
「言ったよ。何で食べたのって。そしたら『だってあったから』って」
「何それ、山登りかよ」
美彩は深々とため息をついたあと、真剣な表情を佳織に向けた。
「それさ、もっとガツンと言わないとだめだよ」
「まあそうなんだけどさ……言っても反省しないし、逆切れされると面倒だしさ。一応、おかずはなるべく小皿にしたりとか工夫はしてるんだよ?」
「そんなんじゃ駄目だって。いわゆる“食べ尽くし系”でしょ? それって、妻がなめられてるだけなんだって」
「そうなのかな……」
「だって、礼司さんだって最初から暴食の権化だったわけじゃないでしょ? まあいいかってなあなあにしてきたから、つけ上がってるんだよ」
美彩の指摘は的を射ているような気がした。確かに付き合っていた頃、礼司の食欲はただたくさん食べる人程度で、そこまで気にならなかった。それは1度、食べてもいいかというコミュニケーションがあったからなのかもしれない。
「1回ガツンと言ってやんなって。そんなに食いたきゃ自分で作れーって」
佳織が深刻そうに悩んでいたからだろう。美彩は話が重くならないよう冗談っぽく言って笑い飛ばす。
その心遣いはありがたい。だがそれでも、佳織の脳裏から礼司に対する懸念が消えるわけではなかった。
●礼司の旺盛な食欲は冗談で済ますことができるものなのか……。不安をぬぐえずにいる佳織。そして、美彩と佳織の子供たちが一堂に会す場で、ついに事件が起こる。後編【「美味しくてつい…」子どものおやつも勝手に平らげる"食い尽くし系夫" 堪忍袋の緒が切れた妻がぶつけた怒りの言葉とは?】にて詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。