息子、号泣のワケ
下洗いを終え、ようやく食事を再開できると思った佳織だったが、ひと足先にリビングに戻っていた大輝のヒステリックな声が響いてきた。
次から次へと何なのだ。
そんな気持ちを抑えながらリビングに戻ると、大輝が泣きながら佳織に抱きついてきた。
「今度はどうしたの?」
大輝は私のお腹に顔を埋めて、食卓を指さす。佳織が確認すると、沢山作っておいた餃子が見事に全てなくなっていたのだ。
「……ねえ、なんで全部食べちゃうの? まだ私とか大輝、全然食べてないのに」
「え、ごめん。もう食わないのかなって思ったんだよ」
「いや、そんなわけないじゃん……」
礼司はいじっていたスマホから顔を上げ、面倒くさそうにこちらを一瞥する。
「別に餃子の1個や2個で何なんだよ。そんなに食いたきゃまた作ればいいだけだろ?」
「また作ればって……」
思わず語気が強まった佳織だが、礼司はこちらの言い分に聞く耳を持たず、そのままリビングを出て行ってしまった。佳織は深くため息をついた。
付き合い始めた当初から礼司は食欲旺盛だった。佳織が小食だったこともあり、目の前で沢山のご飯を食べる礼司のことを頼もしいとさえ思っていた。
外食をしても、予想以上に量が多くて佳織が食べきれないときには礼司が残りを食べてくれたりもした。あのときは残すのは悪いから、気を遣ってくれているのだろうと感じていたし、あるいはそういうことまで愛情表現なのかもしれないとすら思っていた。
しかし今になってみると、あれは気遣いや愛なんてものではなかったのだと気付く。
礼司の食欲には歯止めが利かない。野生動物のように単に目の前に食べ物があったら何でも食べてしまうのだ。
食費だって馬鹿にはならない。
3人家族の平均は8万円前後らしいが、今月はまだ20日を過ぎてもいないのに10万円を超えている。大食漢の礼司のために、かなり余裕を持って多めに作っているのだが大して意味はない。
佳織の分ならまだしも、大輝の分まで涼しい顔で食べ尽くす現状がそれを物語っている。
たかが食事と割り切ることもできるだろう。礼司は業界でも大手と位置づけられるコンサル会社に勤めており、佳織の稼ぎと合わせれば世帯収入は十分に裕福な部類に入る。
食費はかかるが、礼司はお金がかかるような趣味もなく、多少ぶっきらぼうな性格だが家族を蔑ろにするようなこともなく、休日には大輝の面倒を見てくれることもある。佳織の周りの友人たちの言葉を借りれば、文句なしの優良物件ということになるだろう。
だが、このままでいいのだろうかという気持ちは拭うことができなかった。