「ああ、何やってるのよ~、も~」
佳織は5歳の息子、大輝が牛乳をこぼしてしまったことに注意をする。大輝も幼いながらやってしまったと思い、佳織を凝視したまま固まっている。佳織は頬を緩め、怒ってないよと愛する息子の頭を撫でた。
33歳で生まれた念願の我が子はもちろん可愛い。だが、まだまだやんちゃ盛りで手がかかるのも事実だ。特に食事の時間は忙しく、いつも大輝に気をかけている佳織には落ち着いて料理を味わう時間はほとんどない。
夫の礼司は黙々と大皿に置かれた餃子を食べ続けている。まるで何かに取りつかれているようにこちらを気にかける素振りもない。
ちょっとは気にかけてくれても良いのにと佳織は軽くため息をつきたくもなったが、そんな時間ですら惜しいので呑み込んだ。
まず、机の上にこぼれた牛乳を布巾で拭き取る。こぼれた牛乳は大輝のズボンまで濡らしているので、その場でズボンを脱がせ、しみた牛乳を拭き取り、洗面所へ連れていく。
牛乳は放置しておくと臭うので、洗面台に溜めた水で先に軽くすすいでおく。そのあいだ、大輝は慌ただしく動いている佳織のことをぼーっと見上げていた。
周りで起きていることをぼやっと見ているだけなのは、ひょっとすると礼司に似てしまったのかもと思うと思わず頭を抱えたくなるが、やはりなるだけで、佳織の手は冷たい水のなかで牛乳のしみたズボンをすすいでいる。
「大輝、新しいズボン穿いてきて」
佳織がそう指示すると、大輝は素直に洗面所から出て行った。