<前編のあらすじ>

佳織の夫・礼司は食欲旺盛だ。しかも並ではない。皿一杯の餃子が食卓に並べば、食べられないと泣く息子を歯牙にもかけず、ぺろりと平らげてしまう。

そんな、礼司は業界大手のコンサルティング会社に勤めている。いわゆる高給取りだ。佳織の友人たちは礼司を「優良物件」だと言う。たしかに礼司には、金のかかる趣味があるわけでもなく、止まらない食欲以外はこれといった問題はない。

それほど問題はない、一度ガツンと言えば大丈夫だ。友人の美彩はそういうが、果たして、ガツンと言ったからといって、礼司の食い尽くしは収まるのか。佳織は不安をぬぐい切れないでいた。

そしてついに、決定的なトラブルが起こってしまう。

前編:大手コンサル勤めの“優良物件”なはずが 泣く子供を無視し食卓に並ぶ餃子を食い尽くし…妻を不安に陥れる夫の止まらぬ食欲

ほほえましい光景

たかが食べ物――。

たしかに礼司の食い意地に驚かされることは多かったが、佳織はそう言い聞かせることで誤魔化し続けることにした。美彩からはガツンと言ったほうがいいと言われたものの、佳織には強く文句を言うことで起きる色々な面倒のほうが厄介に思えた。

「小夏ちゃんいらっしゃーい」

「ほら、小夏、ちゃんと挨拶して」

「こんにちは」

「はい、大輝も挨拶!」

「……こんにちは」

「なになに、久しぶりだから照れてるのー?」

大輝は佳織の影に隠れている。佳織と美彩がからかうと、大輝は逃げるように自分の部屋がある2階へと階段を駆け上がっていく。

「ほら、小夏も行っておいで」

美彩に背中を押され、小夏は大輝を追いかけていく。子どもたちがいなくなって静かになった玄関で、美彩が手に持っていた紙袋を差し出す。

「はいこれ、お土産。うちの近くにできた洋菓子店のタルト。すっごく美味しくてすぐに売り切れちゃうんだけど、たまたま買えたんだよね。人数分あるから安心して」

「わぁ、ありがと。お茶淹れるね。コーヒーでいい?」

「うん。今日、礼司さんは?」

美彩がショートブーツを脱いでスリッパに履き替える。脱いだコートを受け取った佳織は玄関のラックに掛けて2人はリビングに向かう。

「今ちょっと出かけてる。美彩たちが来る時間は伝えてるから、たぶんもうそろそろ帰ってくると思うけど」

「そうなんだ。ちなみにあれからどうなの?」

「どうなのって?」

「食べ尽くしのやつ」

「ああ、相変わらずだよ。それとなく言ってはみてるつもりだけど」

「だからそれじゃ駄目なんだって。もう私が言ってあげようか?」

あきれたと言わんばかり、肩をすくめて大きなフープピアスを揺らした美彩の言葉を笑って濁し、佳織はキッチンでコーヒーを淹れる。店で挽いてもらった豆をドリップペーパーへ入れて平らに均す。

電気ケトルから、のの字を描くようにゆっくりとお湯を注いでいく。ぼこぼこと泡立ち、甘く香ばしい匂いがキッチンに広がっていった。

子ども1人だと遊んで遊んでと、せがまれることもあり、佳織たち母親が1人になれる時間はそう長くない。だが子ども同士一緒にいれば話は別で、こうしてのんびりコーヒーを飲みながらひと息つくことができた。

しかし淹れたコーヒーをテーブルに並べた瞬間、2階から泣き声が響く。顔を見合わせた佳織と美彩は2階へ上がった。すると子ども部屋では大輝と小夏が散らかった玩具の真ん中で泣いていた。

「ちょっとどうしたの? さっきまで仲良しだったじゃない?」

それぞれに子どもをあやしながら、佳織たちは顔を見合わせる。どちらかが怪我をして泣いているわけではないことを確認しあい、わずかに胸を撫でおろす。

「大輝、泣いてたら分かんないよ~。お兄ちゃんなんだからママに何があったのか教えて?」

佳織は少しずつ落ち着いてきた大輝の顔をのぞきこむ。よく見ると、大輝の手にはお気に入りのトミカの救急車が握りしめられている。

「だって、小夏ちゃんがこれがほしいって言うんだ。これは僕のなのに!」

訴える大輝の真剣さがおかしくて、佳織は美彩と目を合わせて微笑みあう。

「小夏、だめだよ。あれは大輝くんの。ちゃんと貸してしないと」

「……かして」

「いいよ」

大輝は力いっぱい握りしめていた救急車を小夏の手に握らせる。佳織たちはわが子の頭をめいいっぱい撫でてあげた。