夫が子供のおやつを食べつくし

遊び疲れた4人がおやつ休憩をしようと時計を見上げると、とっくに15時を過ぎていた。

「あ、そう言えばタルト食べるの忘れてたね。コーヒーも淹れ直さないと」

「えっ⁉ 何⁉ お菓子⁉」

大輝が目を輝かせる。

「うん。美彩が買ってきてくれたの」

大輝は飛び跳ねて喜び、小夏といっしょに部屋を飛び出していく。部屋は散らかったままだったが、まあいいかと佳織と美彩も後に続く。

リビングに戻ると、いつの間にか帰ってきていた礼司の姿があった。

「あ、お邪魔してます」

「だいぶ盛り上がってましたね。邪魔しちゃ悪いと思って」

「そんな、パパも一緒に遊んだらよかったのに」

朗らかに話している美彩と礼司をよそに、佳織は胸中にふと湧き起こった嫌な予感に息が詰まるのを感じた。テーブルの上に置いてあったタルトの箱を恐る恐るのぞき込むと、中身はすっかり空になっていた。

「嘘でしょ……⁉」

思わずめまいがしてよろめいた佳織はテーブルに手をついて堪える。佳織の様子を敏感に察知してくれた美彩がすぐに何事かと近寄ってきて、事態を理解する。

「あの、礼司さん?」

美彩が剣呑な声を礼司さんに向ける。

「ここにあったタルト知りません? 1人1つずつ、人数分の5個あったはずなんですけど」

「あぁ、そういうことだったんですね。美味しくてつい……」

「美味しくてついって――」

「信じらんない!」

語気を強めた美彩を遮るように、佳織が声を張り上げた。大輝も小夏も美彩も、もちろん礼司も、何が起きたのか分からずに呆然と佳織の方を見ていた。

「信じらんないでしょ、こんなの。恥ずかしいよ、私は。人数分あるお菓子を何にも考えないで食べ尽くして、そんな人が夫だなんて恥ずかしい。というか恥。最悪」

「いやだから、謝ってるじゃん」

「謝ってないでしょ! ふざけるのもいい加減にして。てきとうにその場しのぎの言い訳並べて不機嫌になっておけば、私が許すと思ってるんでしょ? 許すわけないからね? だいたいこれが初めてじゃないから。いつもいつもいつも、私の分も大輝の分も食べ尽くしてさ。常識なさすぎるでしょ。どうかしてるよ、ほんとに」

佳織は礼司に詰め寄った。この場の空気が最悪になることは百も承知だったが、それでももう言わずにはいられなかった。

「買ってきなよ。今から明日の朝まで並んで、タルト5個、耳揃えて買ってきなよ」

「は? えっと、いや……」

「私、なんかおかしなこと言ってる?」

「いや、言ってないです……」

礼司はコートを羽織り、玄関へ向かおうとするが、佳織は礼司を呼び止めた。

「違うでしょ。まずみんなに言うことあるんじゃないの?」

「……ごめんなさい」

礼司は不服そうだったが頭を下げ、玄関から出て行った。