離婚だけは考え直してくれないかな
母の言うことは正しい。だから美希は、大輝に胸の内を打ち明ける決意をした。そうすることが自分のためであり、これから生まれてくる子供のためになると思った。
大輝はテレビを見ながらくつろいでいたが、美希が真剣な表情で隣に座ると、自然と姿勢を正した。
「……大輝、話がある」
「……うん、聞くよ」
美希は深く息を吸ってから、助走をつけるようにして口を開いた。
「この前の借金のことだけど、やっぱり私は納得できない。というか、びっくりしたし、失望した。私たち、もうすぐ子供が生まれるのよ? そんな状況で信用をなくすようなことをされると……不安で仕方がないの」
大輝は何か言い返そうと口を開きかけるが、美希はその前に続けた。
「ママに相談したら、いつでも帰っておいでって言ってくれてるし、正直……これから一緒にやっていくのは難しいかもしれないって思ってる」
「えっ……まさか離婚を考えてるのか?」
美希は、黙っていた。離婚という単語が思いのほか強い響きをもって、美希の肩にのしかかっていた。大輝が言葉にして初めて、自分が今、離婚をしようとしているんだということに改めて気づかされた。
しばらく重苦しい沈黙が続いた後、大輝が言葉を絞り出した。
「今回のことは、どう考えても俺が悪い。美希を不安にさせちゃったし.……けど、離婚だけは考え直してくれないかな……? もう二度と借金なんてしないし、今あるのだってきっちり返すって誓うよ」
大輝の言葉は必死だった。だがその必死さは、どこか滑稽で、うそっぽく見えていた。1度芽生えた不信感は簡単には消えない。
「……ごめん。言うだけならいくらでも言えるから」
取りつく島のない美希の無情な一言に、大輝は沈んだ顔のまま、ただ「ちょっと考えさせてください」とつぶやいた。
●2人のお金の価値観の違いが招いたトラブル。このまま離婚に至ってしまうのか――。後編【「私は今回のこと、絶対に許しません」借金を隠していた新婚夫…離婚を勧める怒り心頭の義母を「納得させた方法」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。