<前編のあらすじ>

新婚で妊婦の美希(27歳)はある日、家に送られてきた夫宛ての督促状に面を食らった。夫・大輝(26歳)を問い詰めると、美希に黙って借金していたことが明らかになる。

借りた金の使い道は、昨年挙げた豪勢な結婚式のためだったという。地元で会社を経営する裕福な家庭で育てられた美希には理解ができなかった。「お金ならうちの親がいくらでも出してくれたのに」と言うも、大輝は「ご両親には頼りたくなかった」と平謝りをするだけだった。

後日、美希は母に相談をする。母は大輝に幻滅をし、別れたほうがいいと言い出す。お金で苦労する娘を見たくないと言う。母は正しいと思った美希は、大輝に離婚を切り出すが……。

●前編:「真面目な顔して分かんない人ね」1通の封筒から明らかになった「新婚夫が抱えるありえない秘密」

どうしても美希の両親には頼りたくなかった

大輝は、美希に対して気まずそうに距離を置き、口数も少ないまま。考えさせてとは言っていたが、あれ以来、離婚や借金の話題を口にすることもなかった。今回のことの原因が自分にある手前、あまり強く出ることができないのだろう。

なので、仕事から帰ってきた大輝が、食卓に着くや切り出したとき、ようやくか、と美希はどこかホッとするような気持ちすら抱いた。

「美希、話がしたい……少し時間をもらえないか?」

美希はうなずいた。

もちろん美希のほうも家の重くよどんだ空気は大きなストレスになっていた。離婚するならさっさと手続きを終えて実家に戻ってしまったほうが、おなかの子供にもいいだろう。

しかし、手続きなんていいから早く帰ってきちゃいなさいと、言ってくる母への返事を濁し、美希が大輝との生活を続けていたのは、まだ大輝と話すべきことがあると思っていたからだった。

ダイニングテーブルに向かい合って座ると、大輝が意を決したように話し始めた。

「まずは改めて謝らせてほしい。黙って借金をしたこと、本当に申し訳なかった」

そう言って頭を下げる大輝の声には、反省と後悔がにじみ出ているようだった。美希はあえて表情を崩さずにじっと大輝を見つめ、続きを待った。

「それから……借金をした理由をもう一度ちゃんと話させてほしいんだ。理解してもらえるかはわからないけど……」

そこで大輝は大きく息を吸い込み、美希を真っすぐに見つめた。

「俺、どうしても美希のご両親には頼りたくなかったんだ。お義母(かあ)さんたちが快く援助を申し出てくれていたのは、俺も知ってた。だけど俺にとっては、どうしてもそれが“甘え”に思えたんだよ」

「“甘え”? 親に頼ることが?」

その言葉に、美希は少し眉をひそめた。裕福な家庭で育ち、親が惜しまず支援してくれるのは当然だと思っていた自分には、なかなか理解しがたい感覚だった。

「美希も知ってると思うけど、俺はひとり親だからさ。少しでも早く独り立ちして母親の負担を減らしたいって思いが強かったんだよね」

「うん……それは分かるよ」

大輝の言葉に美希は静かにうなずいた。

大輝が学費の安い国立大学を目指したのは、シングルマザーの義母を気遣ってのことだったと話には聞いていた。その学費も、アルバイトを掛け持ちしながら、ほとんど自分で払っていたという。

「俺はさ、美希と一緒に自分たちの家庭を築きたいと思ってた。ご両親の支援を受けなくても、ちゃんと自立した生活ができるように……だから、いくらお義母(かあ)さんたちが結婚式の費用を出してくれるって言っても、簡単に頼りたくなかったんだよ」

「それは前にも聞いたよ。でも借金するのと、うちの親に出してもらうのだったら、どっちがいいかってことくらい分かるじゃん」

「うん。美希の言う通り、借金は間違ってた。でも、美希のご両親にお金出してもらうのも、俺には同じくらいしんどいことだった。だから本当に自立した家庭を築くなら、俺はお義母(かあ)さんたちに、高すぎて払えません、自分たちでできる範囲で結婚式をやらせてくださいって頼むべきだった。それなのに、いい格好しようと見え張って……本当に後悔してる」

大輝はうつむき、涙を流し始めた。

それは、知り合ってから初めて見る大輝の涙だった。

知らず知らずのうちに、大輝のことを追いつめていたのかもしれない。

「反省して。でも私も反省する。大輝の気持ち、全然分かろうとしてなかった。だから、これからはなんでも話し合える2人でいよう。夫婦なんだし」

「え、じゃあ……」

「うん。離婚なんて、言って、ごめんなさい」

大輝の涙が移ったのか、いつの間にか美希の目からも涙があふれていた。

「ありがとう、ありがとう……」

テーブルの上で握りあった手は、温かかった。