「勘違いしないで…」と言った義母
翌日、両親がそろって美希たちの自宅を訪れた。
美希が話があると伝えると、身重の美希を気遣ってすぐに予定を空けてくれてやって来てくれた。
4人は実家とは似ても似つかないこじんまりとしたリビングで向かい合う。美希の隣に座る大輝の表情には、不安と緊張が浮かんでいるのが分かった。
「今日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
「それで、美希、大輝さん……話っていうのは?」
口を開いた母の声は、いつになく冷たかった。
普段は妊婦の美希を気遣い、何かと世話を焼いてくれる母だったが、今日はそうはいかなかったのだろう。
「まあまあ、そんなせかしてやるなよ……」
父が間に入ってくれたが、母は険しい表情を崩さなかった。
「まず、この度は、僕の考えの軽率さによる借金で、美希さんにも、お義父(とう)さん、お義母(かあ)さんにもご迷惑とご心配をかけることになってしまい、本当に申し訳ございません」
大輝が開口一番、深々と頭を下げた。しかし母も父も表情は険しいままだった。
「なぜ借金なんてしたの? 私たちは美希のためなら、どんな手助けだってしたのに……」
大輝は顔を上げ、母の視線を真っすぐに受け止めた。
「ありがとうございます……でも俺は、自分たちの力だけで生活していきたいと思っていたんです。結婚して自分の家庭を持つ以上、お義母(かあ)さんたちに甘えるわけにはいかない。それに、一家の大黒柱になるんだから、お金のことは自分でなんとかしないといけない。そう思ったんです」
「親に頼らず、自立した家庭を築きたかった……ということかな?」
黙っている母に代わり、父が大輝に訊ねる。男同士だからこそ分かる部分もあるのだろうかと、2人を見ていて思った。
「はい。今回のことは美希さんやお義母(かあ)さんたちにも相談するべきだったと反省しています。だから、これからは自分たちで、誰に心配をかけることなくやっていけるようになりたいと思っています」
大輝の真剣な言葉に、美希も胸が熱くなるのを感じていた。大輝が自分たちの未来に真摯(しんし)に向き合っていることが、母にも伝わってくれることを願いながら、大輝の言葉をそばで静かに聞いていた。
「ねえ美希、あなたはどう思ってるの……? 大輝さんの言いたいことも分かるけど、もしこの先また同じことが起きたらと思うと……」
ようやく口を開いた母の声には、どこか揺らぎがあった。
「お母さんの言うことも正しいと思う。私も、借金が分かったときはちょっと引いたし。でも、別に遊んで使ったお金じゃなくて、私たち2人のためにした借金だったし、反省もしてくれてるし、許してあげてもいいのかなって思ってる。それに、そういうの、相談しづらくなるくらいまで、大輝のこと追いつめてたのかもって思ったら、私もよくなかったのかなって」
「そんなこと――」
大輝はとっさに否定しようと口を開いたが、美希は遮るようにして言葉を続けた。最初に離婚を考えたのは自分だ。だから、この話の決着は、自分自身でつけなければいけないと思った。
「もちろん、私たちだけではできないことがあるかもしれない。でも、そういう難しいことも、大輝と一緒に乗り越えていきたいの。お母さんたちの助けを当たり前と思うんじゃなくて、私たちらしい家庭を作ることを大切にしたいなって思ってる」
2人の決意に触れ、母はやがて静かに息をついた。そして、少し困惑しつつも、ほほ笑みを浮かべた。
「……あなたたちがそこまで覚悟を決めているのなら、無理に別れさせるわけにはいかないわね。ただし、借金については、ひとまず私たちが立て替えるわ」
「お義母(かあ)さん、それでは意味が……」
反論しようとした大輝の言葉を遮って母がピシャリと言った。
「勘違いしないで、大輝さん。これは美希に余計な気苦労をさせないためよ。妊娠してるときの身体と心にどれだけの負担がかかってるか分かってる? 美希は許しても、私は今回のこと、絶対に許しません。私にとってはあなたのプライドより、娘と孫の幸せが大切なの」
悔しそうに押し黙った大輝を見て、今度は父が声をかけた。
「大輝くん、君の熱意は十分伝わったが、気持ちの強さだけでは家庭は守れない。自立したいというのなら、まずは私たちに残りの借金を返済しなさい。話はそれからだ」
「はい……ありがとうございます」
大輝が心苦しそうに言いながらも、頭を下げる姿を見て、なぜだか美希はこれから先のことはきっと大丈夫だという気持ちになった。