刻々と過ぎていく到着予定時刻
無事にサービスエリアへたどり着いた明里は、美理をベンチに座らせて休憩させる。拓斗は縁石に乗ったり下りたりしながら、のんきに休憩を楽しんでいる。
「お水とかを買ってくるね。拓斗、トイレとか行かなくて大丈夫?」
「全然平気! お姉ちゃんが心配だから、一緒に待ってる」
拓斗は美理に駆け寄り、背中を擦ってあげている。
「分かった。それじゃお願いね」
拓斗の返事にうなずき、明里は売店に入る。水と酔い止めドロップなる商品があったので、併せて購入しておく。戻った明里は、その2つを美理に飲ませ、顔色も回復したことを確認する。
「お母さん、私もう大丈夫そう」
「ほんと? 無理してない?」
美理は笑ってうなずいた。正直、美理の様子はまだ完璧とはいえないだろう。しかしナビの到着予想時刻を確認すると、予定時刻を大幅に越えている。
暗くなる前には到着しておきたかったので、2人に軽い昼食を取らせたあと、明里は出発することにした。
美理の容体に配慮して、加速と減速をなるべく緩やかに心掛ける。思っていたような渋滞もなく、予定よりは遅れているものの車はスムーズに目的地へと向かっている。
「あ……!」
明里は思わず悲鳴を上げた。美理を気にし過ぎたあまり、車線変更を忘れていた。運転する車は坂道を下り、高速道路を降りていく。
車を止められそうなコンビニを探し、高速道路の戻り方を確認する。時刻は15時。うかうかしていては夜になってしまう。
急いで車を出発させて、明里は高速に戻ろうとする。心の中では車線変更をしなかった後悔が増幅していく。アクセルを踏む足にも思わず力がこもった。
「ママ、怖いよ」
「ごめんね、大丈夫だから。安全運転するからね」
明里は美理と自分に言い聞かせて、深呼吸をひとつ挟んだ。
こんなところで焦って事故を起こすのが1番最悪だ。
人身事故や車同士の追突事故は当然だが、自損事故だって絶対に避けないといけない。何度か大輔と運転しているときにガードレールに突っ込んでいる車を見たことがあるが、ガートレールを壊した賠償金もしっかりと請求される。さらに標識を壊してしまうと、100万近く請求されることもあるようだし、高速道路にあるような電光式の標識なら1000万を超えると大輔は話していた。
もちろん、お金だけではなく、子供たちのためにも安全運転を心がける必要もある。
しかし慣れない道を走り続けることは、想像以上に明里の神経をすり減らしている。ずっと力が入っていたせいか、肩のあたりに筋張った痛みを感じる。
まずは高速道路へ戻ろうとナビ通りに走っていた明里は十字路に差し掛かる。右折しようとタイミングを見計らってはいるものの、直進車が途切れることはなく、なかなか曲がることができずにいた。
慎重にーー。再び深呼吸を挟もうとした明里の後頭部を、鋭く響いたクラクションが殴りつけた。
思わず振り返ると、すぐ背後の車の運転席の窓から身を乗り出したこわもての男が、明里に向かって何かを叫んでいた。
相手がいら立っているのは一目で分かった。2度、3度とクラクションが鳴らされる。鋭い音は明里の心臓に突き刺さり、既に焦っている気持ちをさらに焦らせた。
「分かってる! 分かってるから!」
明里は誰に言うでもなく叫ぶ。どうすることもできない明里の気持ちはどんどん追い込まれていく。
祈るような気持ちで待ち続けていると、ようやく止まって道を譲ってくれる直進車が現れて、明里は車を発進させた。
「ママ、危ない!」
●ペーパードライバーだった明里を次々と襲う高速道路上のトラブル。果たして義実家へ無事にたどり着くことはできるのか? 後編【あおり運転、渋滞、子供のトイレ…波乱万丈な“ワンオペ帰省”の受難を救った“幼い娘の機転”とは? 】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。