想定外のアクシデント
その後、全ての準備が整ったのは予定よりも10分ほど遅れてからだった。
運転が不安なので、早めに出発をしたかったのだが、思うとおりにはいかなかった。
運転席に乗り込み、後部座席の子供たちを確認する。ハンドルを握る手が自然と汗ばむ。慌てるな、と自分に言い聞かせてエンジンを入れる。
車を発進させると、聞いたことのない異音が耳に入ってくる。そこでサイドブレーキを下ろすのを忘れていたことに気付く。慌ててサイドブレーキを下ろすと、いつもの静かな走行音に戻る。
明里は大きく息をついて、目の前の光景を凝視した。
「加奈子ちゃんと会うの楽しみだよねー」
美理が声を弾ませると、隣の拓斗は全身を跳ねさせるようにうなずいている。
ちなみに加奈子とは、大輔の姉の娘だ。
3人はとても仲が良く、帰省の時はずっと一緒にいて、最終日には別れるのが寂しくて泣いている程だ。加奈子にも会わせてあげたい、それも自分が運転をする決断の要因だった。
下道を注意深く走行し、一番の難所だと思っていた高速道路への合流も思いのほかすんなりとクリアする。順風満帆だ。明里はほっと胸をなで下ろし、真っすぐの道をしっかりと車間距離をあけて車を走らせた。
「……ママ」
このまま順調に義実家まで行けるかもしれないと思った矢先のことだった。後部座席からか細い声が聞こえてきた。
「え、何?」
バックミラーで確認すると、美理が青ざめた顔をしている。
「……酔ったかも」
「ええ⁉ うそ⁉」
今まで美理が車酔いをした記憶はない。すぐに明里は自分の運転技術のせいだと感じた。
「ちょっと拓斗、ママのかばんからビニール袋とか探してくれる?」
助手席に置いてあったかばんを拓斗に投げ渡す。ごそごそとかばんのなかをあさる拓斗がしばらくして顔を上げる。
「ママ、ビニール袋なんてないよ」
「じゃあなんか袋!」
「ないってば」
「……ママ、吐きそう」
美里は青白い顔で口に手を当てている。明里は運転席の窓を開け、空気を入れ替えた。
「ごめんね。もう少しでサービスエリアだから、それまで我慢して」
明里は祈るような気持ちでアクセルを踏む。うなずいた美里は必死で車酔いに耐えていた。