「拓斗、早く準備しちゃいなさい」
明里は洗面台で化粧をしながら、息子の拓斗に声をかける。
「はーい」
拓斗は弾んだ声で楽しそうに返事をしてくる。
拓斗は現在6歳で、来年小学生になる。とにかく元気盛りで明るい性格なのだ。普段なら拓斗の楽しそうな顔を見るとうれしくなるのだが、この状況ではこっちの気も知らないでといら立ちを覚えてしまう。
「ねえ、本当にパパは来ないの?」
長女の美理が心配そうにこちらを見ている。美理は小学3年生で、拓斗と比べるとおとなしくしっかりとした性格をしている。
だからこそ、何となくわが家の置かれている状況に気付いているのだろう。
ただ明里にも美理の質問に律義に答えている精神的な余裕はなかった。
「そうよ。パパはお仕事だからね」
だから説明する口調はどうしてもとげとげしくなってしまう。
毎年、わが家はお盆休みになると、義実家へと帰省するのが決まりとなっていた。いつもは夫の大輔が運転する車で向かっていたのだが、今年は大輔が仕事の都合で急きょ行けなくなってしまい、明里が運転をすることになった。
しかし明里はほとんどペーパードライバーだ。帰省のためには高速道路を使わないといけないのだが、明里が高速に乗ったのは片手で数えられるくらいで、最後に乗ったのは5年以上前だった。
「……何が高速の方が簡単よ」
昨晩の大輔の言動にいら立ちが募ったが、怒っていても仕方ないと自分を落ち着かせて、明里は深く息を吸った。