チーム全体のコミュニケーション

翌日、美織はカフェのスタッフ一人一人に今までの自分の行いを謝罪した。そして、今後はチームとしてスタッフたちと協力していくことを約束したのだ。

「今日までの私の言動は、とても褒められたものではなかったと思います。これからはみんなの上司として恥ずかしくない人間になれるよう、精いっぱい努力していきます。そのためにもみんなの意見が聞かせてもらえたらと思うんだけど……」

最初は顔を見合わせて戸惑っていたスタッフたちも、美織が必死で頭を下げて頼む姿を見て、徐々に発言をし始めた。

「私は落ち込みやすい性格なので、注意するのは休憩中か閉店後にしてもらいたいです」

「俺は、その場でスパッと言ってもらった方が気が楽ですね」

美織はスタッフたちの声を聞き漏らさないように真剣に聞いて、その都度メモをとった。

スタッフたちの意見は、どれも勉強になることばかりだった。同じように接しているつもりでも、人によって受け取り方が大きく違うこと。美織がミスと決めつけた行動にも、スタッフなりの考えがあったこと。頭ごなしにしかられたことで、少なからず傷ついていたこと。このミーティングは、スタッフ一人一人が自分の意見や感じていた不安を率直に話す場となり、チーム全体のコミュニケーション不足の改善にもつながった。

「店長……あの、うちもテイクアウトできるメニューを始めませんか? 最近、お客さんによく聞かれるんですよ。家族に買って帰りたいんだけど、持ち帰りできるかって」

美織に向かって遠慮がちに発言したのは、やや内向的なホールスタッフだ。彼女は最初のミーティング以来、少しずつ自分の意見を聞かせてくれるようになった。美織は笑顔でスタッフの意見を肯定した。

「テイクアウトかぁ。いいかもね。そうしたら、ちょっとテイクアウトに必要な容器の費用とか調べてみてくれる?」

「あっ、じゃあ、パンの温め直し方とかアレンジレシピとか書いたパンフレットを渡すのはどうですかね? やっぱ家でもおいしく食べてほしいじゃないですか」

続けて発言したのは、キッチンスタッフ。もともと明るい性格で、現在は店全体のムードメーカーとしての役割も果たしてくれている。

店の雰囲気をよくする目的のミーティングだったが、スタッフたちのおかげで、新メニューのアイデアやサービス改善のための取り組みなど、カフェ経営の根源に関わるような提案も積極的に話題にのぼった。

美織は広告会社での経験を生かしながら若いスタッフと協力して、20代の女性客をターゲットにしたSNSの宣伝を地道に続け、ホールスタッフの提案でかたくなに変更を拒んでいた看板メニューにアレンジを加えた。

美織の努力と変化は徐々に実を結び、カフェは少しずつお客さんで賑(にぎ)わうようになっていった。

現在では、美織は家族やスタッフ、そして常連客に支えられ、カフェでの毎日を楽しく過ごすことができている。

「クリームパスタ、すごくおいしかったです」

「SNSで見て、ずっと来たかったんですよ」

楽しそうに話してくれる女性客にレシートを渡す。

「ありがとうございます。また遊びにきてくださいね」

客を見送る美織の顔には、今日も生き生きとした笑顔が浮かんでいる。

複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。