自分がかつてのパワハラ上司のようになっていた
閉店後、家に帰った美織は会計ソフトで帳簿をつけていた。増えるマイナスを確認してため息を吐くところまでがいつものセットだ。
「大丈夫? 最近、かなりピリピリしてるみたいだけど」
健治が入れてくれたホットココアを差し出す。美織は作業の手を止めて、もう一度ため息を吐く。
「そりゃピリピリもするわよ。先月の売り上げ分かってる? 予算の60%。経費だけで売り上げなんてなくなっちゃうわよ」
「まぁ、大変だよな」
健治はつぶやいて、自分の分のココアをひと口飲んだ。
「最近の美織の様子を見ていると心配だよ。今日、お昼すぎにお店にふらっと立ち寄ったんだ。スタッフのみんなに対する接し方が、少し厳しすぎる気がするよ」
「でも、このまま赤字が続けば、夢だったカフェが……」
美織は、そこで言葉を詰まらせた。
自分でも心当たりはあったが、それ以上に夫や娘に負担をかけてまで実現させたカフェの経営が失敗するかもしれないという不安が大きかった。下を向いた美織に向かって、健治は穏やかに話を続けた。
「大切なのは、目の前の数字だけじゃない。スタッフとの信頼関係、人とのつながりもカフェを成功させる大きな要素の1つだよ。君を苦しめたあのパワハラ上司のように、人を傷つけてしまっては、本末転倒だろう?」
健治の言葉を聞いて、美織はいきなり頰を張られたような衝撃を感じた。にわかによみがえる上司からの心無い言葉の数々。人前でしかられることがどれだけ恥ずかしかったか。パワハラを受けるつらさを知っていながら、自分はかつての上司と同じような振る舞いをしてしまっていた。その事実に気付いた美織は、思わず頭を抱えた。
「あぁ……!」
美織はあまりの恥ずかしさと申し訳なさで自分の膝に突っ伏して顔を上げることができなかった。そんな美織の背中を健治は黙ってさすってくれた。
しばらくして気持ちが落ち着いた美織は、顔を上げて健治に向かって言った。
「あなたの言う通りだね。私、何をしているんだろう……。明日スタッフたちに、ちゃんと謝らなくちゃ」
「うん、そうだね。美織なら、きっとみんなを引っ張っていける。大丈夫だよ」
健治の暖かいまなざしを受けて美織は大きくうなずいた。