犬の世話はお前がやれよ

「ねえ、ココアのことお風呂入れてあげてよ」

その週の休日、里歩はソファに寝転がる陽太郎に話しかけた。

少しでも犬と仲良くなってもらいたいという思いから発したのだが、陽太郎の反応は冷たかった。

「どうして、俺がそんなことをしないといけないんだよ。お前が飼いたいって言ったんだから、お前がやれよ」

「いや、でも、ちょっとくらい……」

「あのさ、俺はお前が引っ越したいって言うから、引っ越してさ、犬飼いたいって言うから飼ってあげたんだよ。これ以上、どうして俺に求めるわけ? 犬の世話はお前がやれよ。俺は仕事で疲れてんだから」

陽太郎の刺すような言葉に里歩はショックを受けた。里歩は一緒に犬の世話をしたかっただけだ。家族なのだから、夫婦なのだから、楽しいことやうれしいことを2人で共有したかっただけだった。

しかし陽太郎は里歩の気持ちを拒絶した。

里歩はこちらの気持ちを考えてくれない陽太郎に、これまで感じたことのない怒りを覚えた。ココアが怯えることすら気にもせず、気がついたときには陽太郎に向けて声を荒らげていた。

「はぁ? こっちはそもそも、東京で生活をしたかったんだけど? こっちだって我慢してるんだからね! 陽太郎に、家でずっと独りでいる私の気持ち分かんの⁉」

「独りが嫌なら、パートでも何でもやったらいいじゃんかよ」

「前に住んでたとこの、どこでパートやれっていうの? 陽太郎が車使うから、私はどこにも行けないの! どこにも! あーもう! なんでこんな田舎で暮らさなきゃなんないのよ!」

「はぁ⁉ 専業主婦なんだからついてくるのが当然だろ⁉ 俺の稼ぎで暮らしてるくせに文句言うんじゃねえよ!」

「そんなの当然じゃない! 私にだって選ぶ権利くらいあるよ!」

怯えてケージのなかへ逃げ込むココアをよそに、里歩と陽太郎はにらみ合い、怒鳴り合っていた。

●ぶつかってしまう里歩と陽太郎……。解決策はあるのだろうか? 後編「犬の世話ならしないから」転勤で地方に飛ばされた“半モラ夫”が「妻に隠していたこと」】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。