里歩の要望
東京で暮らしていたときとは違う無駄に広いリビングで陽太郎と食卓を囲む。
「荷造り、寝室はけっこう進んだよ。って言っても、ほとんど私の洋服なんだけどね」
「あぁ、手伝えなくて悪いな。助かるよ」
「ううん。今週末、不動産屋さんに鍵もらいにいくけど、予定平気そう?」
「大丈夫。せっかく街まで出るし、久しぶりに外食でもして帰ろうよ」
陽太郎は里歩の要望を受け入れたものの、多少思うところはあるのだろう。会社への通勤を考えたら、今のところがいいのは里歩も分かっている。
それでも里歩は慣れない土地で独り、3年も我慢し続けた。これくらいのお願いを聞いてもらったってバチは当たらないはずだ。
「それでね、相談があるんだけどね」
里歩は続けた。
「引っ越すマンション、ペットOKでしょ? だからそこで犬を飼いたいなって思ってるの」
「え? 犬?」
陽太郎は目を丸くする。
「うん。SNSで里親募集してて、たまたま県内なんだよね。だから引き取って育てて見たいなって思って」
「……犬なんて飼ったことあったっけ?」
「ないよ。でもいいじゃん」
里歩の言葉に、陽太郎は口をへの字口にしている。
「責任とれる? 生き物を飼うって大変なんだぞ」
「できるよ。それに家でずっと独りでいると、息が詰まるんだもん」
二つ返事で認めてくれると思っていた里歩はいら立った。しかし陽太郎もそれ以上は何も言ってこず、里歩はなし崩し的に引っ越しと同時に犬を引き取って新生活を始めた。