忘年会の会場決めで限界に

博巳の中で岡田に対するしこりは解消することなく季節は冬を迎える。

年の瀬が近くなってくると総務部としてやらないといけないことがある。

それが全社行事である忘年会の会場決めだ。

例年は決まった居酒屋があったのだが、今年はその店が閉まってしまったので変更を余儀なくされていた。そのために総務部の社員は集まって会議をしなければならなかった。

会議室で社員達はスマホで検索をしながら、居酒屋やビュッフェ形式のお店だったりフレンチのお店だったりと案を好き放題に言う。とはいえ、全社で行う150名規模の忘年会をするには店を貸し切らなければならず、そんな店はそう簡単に見つからなかった。

しかし岡田は穏やかな表情で紛糾する会議を眺め、まとまりのない意見をホワイトボードに書き出している。

博巳はその光景を見ながら苛立ちを募らせていた。こんなものが仕事として成り立っているのか。それぞれが自分の行きたい店を出してるだけで、何のまとまりもない。そもそも忘年会なんてほとんどの社員は仕事として参加をしているだけで誰も楽しみになんてしていない。てきとうな居酒屋で十分だし、極論、店が閉まったのをきっかけに廃止にしたっていいだろう。

少なくともこんなことを決めるのに、年末年始の忙しい時間をかけるなんてあってはならない。

博巳は手を上げた。岡田は笑顔で声をかけてきた。

「斎藤さん、どこか案がありましたか?」

「……とりあえず案は出きったと思いますので、課長がこの中から決めたらどうでしょうか?」

博巳の提案に岡田は苦笑する。

「……私が決めるよりも皆で話し合って決めた方がいいですよ。忘年会は皆で行くものですから。皆さんはどうですか? とりあえず候補を絞っていきましょうか?」

そこでまた全員が好き勝手なことを言い出す。

「これじゃ埒があかない。課長が決めてください。あなたにはその権限があるんだ」

「私にはないですよ。皆で話し合って総務部の総意を出しましょう。どうですか? 1度多数決を取ってみましょうか」

また岡田が浮ついた笑顔で若手達に声をかけた瞬間に博巳の堪忍袋の緒が切れた。

「――いつまでこんな茶番を続けるつもりだ!」

博巳の怒声で会議室が凍りつく。

「忘年会の場所なんてだいたい居酒屋を貸し切るしかないだろ! 毎年そうやってるんだから、今年も同じようにしたらいい! なのに何でこんな会議なんてやらないといけないんだ! お前がそうやってだらしないから会議もいつまでもまとまらないんだ! お前は上に立つ人間の器じゃないんだよ!」

岡田や他の社員たちは驚きや怯えた顔でこちらを見ている。間違ったことをしているから怒ってやっているにもかかわらず、まるでこちらが悪いことをしていると言わんばかりの視線だった。

「クソったれ!」

その状況に博巳はどうしていいのか分からなくなり、乱暴に扉を開け放ち、会議室を飛び出した。

●定年後再雇用で総務部に配属された博巳は、若い岡田課長のやり方に不満を募らせていた。堪忍袋の緒が切れた博巳は、会議室で怒号を上げてしまう。その後、博巳に待ち受けていたのは…… 後編【「そうやって逃げるの?」辞職を決意した再雇用夫に妻が投げかけた厳しい一言…40年のキャリアの先に見つけた新たな価値】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。