博巳は目をこらしながら郵便物の宛先を見る。送り先の部署名が書かれたカゴに郵便物を仕分けていく。出勤して最初にやるのは、この仕分け作業と決まっていた。

だが、まさか自分がこんな仕事をすることになるとは1年前まで思いもしなかった。

再雇用後の業務に悩み

博巳は3月に40年以上勤務し、経理部長にまで上り詰めた会社を定年退職した。貯金はあったし、経済的に困るということはなかったが、特に趣味があるわけでもない博巳は家でじっとしている生活というものが想像できなかった。会社に頼んで再雇用をしてもらい、慣れ親しんだ経理課ではなく、総務課で働くことになった。

これが予想外だった。

総務課というのはつまるところ社員のサポートをするような仕事で、日用品を補充したり、研修や会議のための準備をしたりする。要は雑用だと博巳は思った。重要な仕事であることは分かっている。だがそれでも正直なところ、なぜ自分がこんな仕事をしなければいけないのかという気持ちはぬぐえない。

郵便物をかごに放り投げる。博巳は深くため息を吐く。

そんな生活が続いて半年。秋になるころには、博巳にはまた別の不満が生まれていた。妻の枝里子は、長年共に暮らしてきているためか、ストレスを抱えることで生じる、博巳の微妙な態度の変化にも敏感だった。

「何か嫌なことでもあったの?」

「……何がだ?」

「ここ最近、またずっと不機嫌そうだから」

博巳は食事の手を止めて枝里子を見る。

「そんなに俺は態度に出てるのか?」

「長年一緒にいるんだからこれくらい分かって当然よ」

枝里子はそう言っておかしそうに笑った。あまり口数が多いタイプではないが、いつも気遣ってくれてるのは伝わってくる。博巳にとってはもったいないくらいの存在だ。