仕事一筋45年、迎えた会社員生活最後の日

終業時刻になり、本来ならそれぞれが手早く帰宅準備を始めるはずだった。しかし今日に限っては全員が手を止めていた。すると部長がおもむろに立ち上がり、営業部の全員に声をかける。

「えー、本日をもって小堀さんが定年退職を迎えることになりました」
そう言うと拍手が沸き起こり、将範は照れくさい気持ちで立ち上がる。

「長い間お疲れ様でした」

「……ああ、ありがとう」

後輩社員が持ってきてくれた花束を受け取り、将範は全員に感謝の気持ちを述べる。そして全員に見送られながら会社を後にした。

単なる儀式的なものだと理解していたがそれでも嬉しい気持ちはあった。大学を卒業してから45年、今の会社一筋で働き続けた。どんなときでも愚痴を言わず、ひたすらに頑張ってきてきた。

その事実に将範は胸を張って、会社を去っていく。穏やかな春の日のことだった。

お金にも時間にも余裕のある老後だが…

将範はテレビのワイドショーをじっと眺めていた。

今年は記録的な猛暑だと、1週間前に見たときの再放送をしているのではないだろうかと疑いたくなるほど、同じような顔ぶれで同じようなことを話している。

将範はテレビを消して、天井を見上げる。退職前、将範は今まで仕事でできなかった色々なことをやれるようになると思っていた。実際に時間は無限とも思えるほどあり、何でもできる環境にいることは実感している。

しかし何にも心が動かなかった。どれだけ頭を巡らせてもやりたいことというのが思い浮かばなかった。

仕事をしているときは老後の生活のためにと思い、せっせと貯金をしてきた。現金だけでは不安があるとどこからか聞きつけ、マンションを買うなどの資産運用も行った。

おかげで退職金と合わせれば1億近い資産がある。だが肝心のその使い道が思いつかなかった。