会話のない日々
朝になると焙煎機は再び段ボールに戻されてリビングの片隅に置かれていた。
見るのも嫌なので、成海は視界に入れないように生活をしていたが、あれから会話はぐっと減り、コーヒーを2人で飲むこともなくなった。
◇
「いってきます」
成海は誰に言うでもなく、いつものくせでつぶやいて家を出る。その日は依頼されている原稿執筆のために取材に出る日だった。
すでに日は高く昇っているが、休日の泰輔はまだパジャマのままリビングでくつろいでいる。特に言葉を交わすこともなかった。
駅へ向かいながら、成海は深くため息を吐く。
仲直りをしないといけないのは分かってはいるものの、どう考えても原因は泰輔が了解も得ずに焙煎機を買ったことにあるのだから自分から謝るのも違うという確信がある。しかし当の泰輔がそんなことを言い出す素振りもない。
実は先週、泰輔は誕生日を迎えていた。うまく仲直りのきっかけにできるかと期待した成海だったが、結局泰輔からの謝罪はなく、誕生日を祝うこともなかった。
コーヒーは今もたまに作って1人で飲んでいるようだが、買った焙煎機は全く使っていない。
使われない機械が徐々に錆びついていくように、時間が経てば経つほどに仲直りするのが難しくなっていくような気がした。
