山林の対応に追われる兄弟
昼休みのファミレスで、伸介はメニューの角を指でなぞった。氷の解けかけた水滴がコップの下に輪をつくる。向かいの猛がじれたように言った。
「で、どうする」
「駆除は業者に頼むとして……小屋はある程度自分たちで何とかしないとな。トタンは針金で縛って、はみ出した竹は切って寄せる。ちゃんとした立入禁止の札も立てよう」
「応急措置ってとこだな」
伸介はうなずき、自治会名の押印がある文書を差し出した。蜂に刺された住民の治療費や衣服の汚損分など、簡単な明細とともに「損害賠償の請求」と太字で書かれている。
「で、メインはこれだな」
「はあ……仕方ない」
沈黙が落ち、遠くでバースデーソングが流れた。伸介はストローの袋を丸めて独り言のように呟いた。
「今まで親父を放っておいた罰かもしれない」
猛は否定しかけた後、苦笑いしながら頷いた。
「でもまあ、見て見ぬふりは長かったな。母さんが亡くなってからは特に……」
「うん」
運ばれてきた料理の湯気の向こう側に、一瞬幼い日の猛が見えたような気がして、伸介の口から思いがけない言葉が漏れる。
「昔、親父に無理やり連れてこられたよな、ファミレス」
「え? そんなのあったか?」
「ほら、母さんが骨折して料理できない時」
「……ああ、あの正月な」
「そうそう正月。なぜか急に『凧揚げやるぞ!』って1人で張り切ってさ。屋根に引っかかったのを、2階の窓から無理やりよじ登って取ってきて……母さんに叱られてた」
「あったあった……あったなぁ、そんなことも……」
その後は会計の時間まで、取り立てて何も話さなかった。
◇
日差しがやわらいだ午後になって、伸介は猛と2人で墓地へと向かっていた。
父が他界して約1年。
業者に蜂の巣を駆除してもらい、自力で倒木や枯れ木の撤去を行い、請求された損害賠償金も支払い、今度こそ本当に相続の問題が片付いた。金銭的に考えても、労力の面から言っても、完全に赤字。父の“遺産”を巡って散々な目に遭った。
「ふう……」
心なしか少し老け込んだように見える猛が線香に火を移すと、細い煙がゆらゆらと天へ昇っていく。
その行く末を目で追いながら、伸介は自嘲気味に言った。
「俺たち、ずっと父親に振り回されてるな」
「まったく、生きてても死んでても迷惑な親父だ」
ふっと猛が目を細め、静かに言葉を返す。
2人はそれ以上何も言わず、父の墓前に並んで、ただそっと手を合わせた。