保存義務が重くのしかかる

慌てて猛に電話すると、2コールも鳴らないうちに出た。

「何」

「山の件で連絡が来た。害虫や倒木で被害が出てるから対応してほしいって」

「え、何でだよ。あの山は放棄したはずだろ?」

「それが……管理人が決まって引き渡すまでは、俺たちに保存義務があるんだって。とりあえず、俺はもう一度山に行ってくる」

「分かった。俺も行こう」

こうして伸介は、猛を伴って車で山林へと向かった。

実家から離れた山の道は細く、ガードレールの向こうに濃い谷が落ちている。道路の脇の草は肩の高さまで伸び、舗装の割れ目から水が染み、タイヤが鈍く鳴った。番地を示す杭は見当たらず、藪の向こうに、歪んだトタン屋根がのぞく。近づくほど低い羽音が増し、庇の影に黒い塊が垂れている。倒れた竹が道路に身を乗り出し、風に揺られアスファルトを擦っていた。柱は湿り、釘の頭が赤く錆びている。入口の脇に貼られた紙切れには、にじんだ字で「危険」とだけあった。

自治体の者が用意したのだろう。

「原因は、この小屋だな」

と猛が言う。

「間違いない。秋になって蜂が活発になったんだろう」

「終わったと思ってたのにな」

2人は斜面に立ち尽くし、羽音を聞いた。

谷からの風が汗を冷やす。保存義務、という4文字が頭から消えない。

「兄貴、どうする」

「引き返して段取りを考えよう。とにかく、今は刺されないように」

「そうだな、自治会とも話さないと」

帰り道、伸介はハンドルを握りながら、唾を飲み込んだ。終わらせたはずの相続が、別の形で絡みつく感触。伸介はウインカーを出し、次の交差点でゆっくりと曲がった。