田舎の実家に足を踏み入れた途端に、ひんやりとした空気が満子の全身を包んだ。四十九日の法要を終えてからしばらく経つが、まだ父がひょっこりと現れそうな気がしてならない。生前の父は割と几帳面な性格の人で、10年以上前に母が他界してからも、家の中は綺麗に整理整頓されているせいだろう。

「よし、さっさと片付けよう」

満子はひとりごちて、着ていたニットの袖をまくった。

今年で51歳になる満子は、派遣社員として働きながら東京でそこそこの生活を送っている。結婚歴はなく、もちろん子どももいない。ふとした瞬間に寂しさを感じないわけでもなかったが、休日は映画館に出かけたり、のんびりとカフェで過ごしたり、1人で気楽に過ごす時間や人生もそう悪いものではない。

そんな気ままな独身である満子は、実家を管理するつもりなどなかったため、父の臨終を機に土地ごと売ってしまうことに決めていた。今日はその前の遺品整理に訪れていた。

なるべく出費を抑えるため、専門業者は利用しないことにしたが、さすがにすべてひとりで片付けを行うのは無謀だったかもしれない。父がきちんと管理していたとはいえ、家の中には6年前に亡くなった母の持ち物も結構残っている。

押し入れから母の着物を取り出し、ダンボールに詰めていく。着物の良し悪しは分からないが、段ボールに詰めて買取業者に送れば、無料で査定をしてくれる。そこまでのお金になるようなものでもないだろうが、処分の手間が省けるのは便利だった。

査定に出すもの、捨てるもの、自分の家に引き取るもの――。満子は黙々と実家に残されたものたちの仕分け作業を進めていく。そのうちに、ふと庭の裏手にある古い蔵のことを思い出した。

『満子、ここには大事なものがあるから、勝手に入るんじゃないぞ』

子供のころ、父がよくそう言っていたから、蔵に入ったのは数えるほどしかない。そのせいですっかり頭から抜けていた。

家のなかの片付けがひと段落したところで、満子はため息をつきながら蔵へと向かった。

力を入れて重い引き戸を開けた瞬間に、かび臭い空気が流れ込んでくる。懐中電灯で照らしながら奥へ進むと、木箱がいくつか積み上げられているのが見えた。埃を払いながらひとつ開けると、中に詰まっていたのは父が日曜大工に使っていた工具類。ほかの箱も古い釣り具や雛人形など似たり寄ったりのガラクタが大量に出てくる。

さすがにこれらは買い取ってはもらえないだろう。木箱の中身をあらためながら、ひとつひとつを庭に運び出していく。

やがて、満子は異様に重たい木箱に遭遇した。
「なによ、これ」

思わず不満を漏らしながらふたを開けると、中には鈍く光る金属の塊が並んでいた。

「……え?」

一瞬、何を見ているのか理解できなかった。しかし、手に取れば分かるそのずしりとした感触と長年放置されていたにも関わらず曇らない輝きが、その高価さを如実に告げていた。

にわかには信じがたく、まさかとは思ったものの、満子はその箱から出てきた金色の金属の塊を父が出張時によく使っていたスーツケースに入れて家に持ち帰ることにした。

翌日、質屋に運び込んでみれば、それは紛れもない“金の延べ棒”であることが明ら

かになった。買取金額は、なんと800万円。

「こんな大金、初めて手にした……」

思わず息を呑んだ満子は分厚い封筒を鞄にしまい込み、用心深く持ち帰った。