「私は時代遅れなんでしょう?」芝居がかった義母の声
「はーい、もしもし」
義母の明るく張りのある声が、スピーカー越しに響いた。
「お義母さん、おはようございます」
「あら、めぐみさん。どうしたの? 今日は日曜でしょ?」
「いえ……ちょっと、真希のことでお話がありまして」
「真希ちゃんがどうかしたの?」
一瞬、義母の声色が変わった気がした。
「この前、プールに連れて行ってくださった日なんですけど……あの子、起きたら目が真っ赤で、病院の夜間診療に連れて行ったんです。そしたら、結膜炎でした」
「あらまぁ……」
義母の反応は、思ったよりも薄かった。驚いているのか、同情しているのか、判断がつかない。
「真希、もともと目が弱いので、プールでは必ずゴーグルを使わせるようにしてるんです。お義母さんにもお伝えしたはずなんですが……」
「そうだったっけ?」
とぼけたように言う義母の声が、めぐみの神経を逆撫でした。
「真希が言うには、ゴーグルを忘れてしまって……お義母さんに買ってほしいとお願いしたらしいんですが……」
「ああ、言われたわよ。でもね、めぐみさん、あんなものにわざわざお金を出す必要ある?」
「……どういう意味でしょうか?」
自分の声が一段、低くなったのが分かった。
「だって、昔はそんなのなくても平気だったわよ。私たちのころなんて、川や海で泳いで、目がしみるのが当たり前だったもの。むしろ、それで鍛えられるのよ」
「今は、昔とは違います」
抑えていたものが、じわじわとあふれ出してきた。言葉を選ぶ余裕が、徐々に消えていく。
「真希の結膜炎は、ゴーグル一つあれば防げたかもしれないんですよ?」
「そんなふうに責め立てないでよ。私は、子どもには我慢も必要だと思ってるの。なんでもかんでも子どもの言いなりになってたら、わがままになるでしょ?」
「健康を害するほどの我慢は必要ありません」
めぐみは、ほとんど絞り出すように言った。
「目が弱い子どもに『ゴーグルなしで我慢しなさい』っていうのは、しつけじゃない。ただの無理解です。しかも、真希は『買って』ってお願いしたんです。それなのに、無視された」
「そんな言い方……私が悪者みたいじゃないの」
「私は今、怒っているんです。自己判断で真希の体調を崩させたことも、そのあと何の連絡もなかったことにも。そして、いつも『私たちの時代は』という一言で、私たちの育児を否定することも」
電話口の沈黙。ほんの数秒だったのかもしれない。けれど、めぐみには永遠のように感じられた。
「……言いたいことは分かったわ。けどね、私なりに一生懸命、真希ちゃんと過ごしてるの。少しは感謝してくれてもいいじゃない」
「感謝はしています。でも、それとこれとは別です」
「ふぅん……わかったわ。じゃあ、これからは口も手も出さないようにするわ。子育てって難しいのね。私、もう時代遅れなんでしょう?」
その言い方が、まためぐみの神経を逆なでする。皮肉たっぷりで、どこか芝居がかっていて、傷ついた自分を強調するような声音。
「そういうことじゃありません」
「ええ、ええ。分かったわ。それじゃあ、さようなら」
電話は、ぷつりと切れた。
めぐみは、スマホをテーブルにそっと置き、深く息を吐いた。
●「さようなら」と電話は切れたものの…。迫る盆休みには義実家に帰省しないとならないめぐみ一家。気まずい義母との関係はどうなるのか。後編【せっかくの盆休み、小言ばかりの義母が待つ義実家に帰省したくない“憂鬱な嫁”がたどり着いた想定外の結末】にて詳細をお届けする。