娘に起きた異変

リビングのドアを開けると、ひんやりとした冷気とともに義母が出迎えた。よほど疲れているのか、めぐみが声をかけるまでうたた寝をしていたようだ。

「お義母さん……ただいま帰りました」

「……ん、ああ……おかえり。真希ちゃんならそこで寝てるわよ。あの子、プールではしゃいじゃって、もう大変だったんだから……」

義母に言われてソファーをのぞき込むと、真希がブランケットにくるまって寝息を立てている。

「すみません、ありがとうございました」

「ええ……それじゃあ、帰るわね。私も今日は疲れたわ」

力なく玄関に向かい、帰っていく義母。珍しく小言を言われなかったので、めぐみは内心安堵した。

しかし、しばらくして「ママ」と起き上がった真希を見た瞬間、思わずぎょっとした。真希の目が、真っ赤に充血していたのだ。手でこすったのか、まぶたも腫れぼったくなっている。

「真希、どうしたの!? 目が真っ赤じゃない!」

「ううーん、なんかかゆいの」

めぐみは即座にスマホを手に取り、近くの夜間診療を探した。診察券を漁り、保険証と財布をバッグに突っ込む。

「すぐ病院行くよ。目が傷つくから、かゆくてもこすっちゃだめ。かゆくなったらこの冷やしたタオル、当てておいて」

真希はおとなしくうなずいて、車に乗り込んだ。

病院の診察結果は、ウイルス性の結膜炎。今のところ軽度だが、感染力が強いため、数日間は外出禁止とのこと。目薬を処方されて、めぐみはようやくほっとする。

帰り道、助手席の真希に尋ねた。

「真希、目の調子はどう?」

「うん。目薬したら、かゆくなくなった」

「そう、良かった」

結膜炎の原因については、大方予想がついていた。

その日の昼間も、真希の面倒を見てくれていた義母。何日も前から泳ぎに行きたいとせがんでいた真希を、プールに連れて行ってくれたのだ。

「ねえ、真希。今日ゴーグルはちゃんとしてた?」

「あ……忘れちゃったの。おうちに。だから、おばあちゃんに『買って』って言ったんだけど……」

そこで言いよどむ真希の表情に、めぐみは嫌な予感がよぎる。

「……買ってもらえなかったの?」

「うん。『そんなのなくても泳げる』って」

ハンドルを握る手に力が入る。

真希は体質的に目があまり強くない。プールの水が目に入るとすぐに充血してしまうし、少し強くこすっただけでも目が真っ赤になってしまうことがよくある。もちろんそのことは義母にも説明していた。

「ゴーグルをつけるのは、大事な目を守るためなの。おばあちゃんにも説明した?」

「うん。『ママがいつも、つけろって言ってる』って言ったんけど……『そんなのいらない』って」

義母の顔が脳裏に浮かび、めぐみは大きく息を吸って、吐いた。

「忘れたのは仕方ないよ。でも、もうゴーグルなしでプールに入ったらだめだよ」

「ごめんなさい。分かった」

家に着いて、真希をパジャマに着替えさせたあと、めぐみは目薬をさしながら、静かに言った。

「……目薬、しみない?」

「ちょっとだけ。でも、平気」

布団に入った真希の額をなでながら、めぐみは少し微笑んだ。

「おやすみ、真希」

「おやすみ、ママ」

眠りに落ちる小さな寝息を聞きながら、めぐみはそっと部屋の灯りを落とした。