寿美のスマホが震えたのは、夕方6時を回った頃だった。

「お母さん、電話鳴ってる」

バイト帰りの次男がソファに沈んだまま、気だるそうに告げる。夕食の準備をしていた寿美は、手を止めずに声を張り上げた。

「ええー、ちょっと誰からか見てー! お母さん、今手放せないからー」

「んー、なんか江口……悦子って人」

「えっ? えっちゃんから……?」

地元にいる友人からの突然の電話

慌てて火を止めてリビングに駆け込み、スマホを手に取った。画面には、たしかに「江口悦子」の名前が表示されている。彼女は寿美が小さい頃から、「えっちゃん」と呼んで慕っていた近所のお姉さんだ。何の用だろうと考える前に、無意識に応答していた。

「はい、もしもし神田です」

「あ、もしもし寿美ちゃん? 久しぶり」

電話越しに懐かしい声が響いた。最後に話したのは何年前だろうか。そんなことを考えていたら、寿美は返事のタイミングをほんの少し外してしまった。

「……寿美ちゃん? 聞こえてる?」

「あ……ごめんなさい、えっちゃん。本当にお久しぶり。何かあったの?」

「うん……突然ごめんね。実は少し前にね、スーパーで久しぶりにおばさんを見かけたの。宮子さん、ね」

唐突に持ち出された母の名。懐かしい気持ちに浸っていた寿美は、一気に現実に引き戻された。