悦子から聞かされた母の様子
「母を……?」
「そう。結構涼しい日だったんだけど、宮子さん、薄手のTシャツ1枚でね。それも袖口が擦り切れてたし、靴も爪先のところが破れかけてて……それに前に見たときよりずいぶん痩せてたみたいだったから、ちょっと心配になっちゃって」
「……そう、だったの……」
「私もね、一応声はかけたの。何か困ってないか、手伝ってほしいことはないか、って。でも、『大丈夫だから』笑って流されちゃって……それでね……」
電話の向こうで、えっちゃんが少し言い淀む。
「……宮子さん、もしかしたらお金に困ってるんじゃないかな? お節介かもしれないけど、寿美ちゃん最近こっちに帰ってないみたいだし、おばさんの状況詳しく知らないんじゃないかと思って電話したの」
えっちゃんの指摘は正しい。寿美はそう確信した。
父が亡くなって5年、ほぼ母とは連絡を取っていなかった。息子たちも社会人と大学生になり、それぞれの生活に忙しかったため、母からの要請がないのをいいことに、帰省を避けていた。
「えっちゃん、知らせてくれてありがとう。今度の週末、様子見に行ってみる」
そう言って通話を切ったあと、寿美はソファに沈み込み、窓の外を眺めた。
次男は自室へ行ったのか、いつの間にかいなくなっていた。就職した長男は去年家を出ているし、夫は残業でまだ帰らない。
――もしかしたらお金に困ってるんじゃないかな?
少し遠慮がちなえっちゃんの声が頭の中で繰り返し再生される。
えっちゃんとは、よく一緒に近所の駄菓子屋に行った。ひと回り大きな彼女に手を引かれながら、100円玉を握りしめて走った夏の日。夕方になっても帰ってこない寿美たちを、しびれを切らした母が迎えに来るのが常だった。えっちゃんのお母さんも一緒に。彼女が亡くなったのは、えっちゃんが高校生のときだったか。
「はあ……お母さん、何やってんの……」
深いため息をついた後、寿美は重い腰を上げて立ち上がり、夕食の支度に戻った。