古い扉を開けると、湿気を孕んだ臭いが伸介の鼻腔を刺激した。玄関先にはビニールロープで縛られた古雑誌やダンボール、ゴミ袋がいくつか並んでいる。顔をしかめながら靴を脱いでいると、奥から弟の猛が顔を出した。

「兄貴、来たか」

「ああ」

全身に生温い憂鬱をまとったまま、伸介は重い足取りで実家の中に入った。居間のちゃぶ台には死亡届の控えと、古い印鑑ケース。喪服の上着を脱いだ伸介は、畳に膝をつき、ふうと息を漏らした。

亡くなった父の痕跡

「こんなに狭かったか」

「狭かったよ。昔から」

そう言うと、猛は日に焼けて変色したノートを開く。覗き込むと、どうやら父が遺した帳簿のようなものだと分かった。

「さすが親父、数字がめちゃくちゃだな」

「店が次々潰れるわけだ」

しばらく手慰みにページをめくっているうちに、焼き鳥屋の屋台を写したチラシが出てきた。チープな印刷に似つかわしくない「開業記念半額」の達筆な文字。おそらく母の手によるものだろう。伸介は、それを指でなぞる。

「初日は雨だったな」

「翌週にはメニューが倍に増えてさ。仕入れが回らなくてぶち壊れた」

2人は少し笑い、すぐ黙った。

他にも、さまざまなものが見つかった。自家栽培のきのこセット、水質浄化の装置、英会話教材。どれも未使用か、途中で投げ出された形跡がある。

押し入れからダンボールを引っ張り出しながら猛が苦笑する。

「親父が何か思いつくたびに家が倉庫になってたっけ」

「母さん、よく耐えたよな。親父が失敗する度に親戚に頭下げて回って」

ふと伸介は、台所で隠れるように泣いていた小さな背中を思い出した。