父の遺したものを確認

指の甲を口に押し当てて、声が漏れぬように1人震えていた母。そんな母の姿を見て育った伸介は、父に反発心を抱き、10代で家を飛び出した。結婚して、子どもが生まれても父に対する感情は変わらないまま、20年前に母が亡くなってからは、一切連絡を取っていなかった。4歳下の猛も似たようなもので、父との疎遠ぶりは伸介とどっこいどっこい。今回父の訃報をきっかけに、五十路を過ぎた兄弟は久しぶりの再会を果たしたのだ。

「お、やっと貴重品らしきものが出てきたぞ」

「何、保険証券?」

「いいや……」

問いに答える代わりに、伸介は引き出しの中に見つけた1冊の通帳を差し出した。

残高は、お世辞にも多いとは言えない。それでも父の遺産と呼べそうなものは、その預金と実家のみ。猛が呆れたように言う。

「これ、どうする」

「正直分けるほどのもんでもないけど……」

伸介は壊れた腕時計を手に取り、秒針の止まった文字盤をしばらく見た。

「一応、形だけ分けようか」

「分かった。手続き、そっちに任せていいか」

「ああ」

西日に照らされた己の影が、畳の上に長く伸びた。ゴミ袋の口を縛り終えた伸介は、埃で白くなった裾を軽く払って立ち上がる。

「まあ、こんなもんだろ」

「そうだな。後の片付けは業者に任せよう」

揃って外に出ると、秋の風が頬を撫でた。伸介は錆だらけの鍵で玄関の施錠を終えると、猛を振り返って軽く笑った。

「これでやっと縁が切れたな」