新たな遺産が発覚

リビングでうたた寝していた伸介は、妻の声でゆっくりと覚醒した。

「ねえ、これ。何か大事そうなの届いてるよ」

「ん? ……あ、ああ……」

「はい、ここ置いとくからね」

遠ざかっていくスリッパの音を聞きながら、身を起こす。テーブルの上には、役所からと思わしき封書。寝ぼけまなこで封を切ると「固定資産税納税通知書」と記載されていた。父の住所から転送されてきたもののようだ。

「何だ、親父のか……」

納税内訳の欄を見て、思わず固まった。なぜか「山林」の2文字が浮かんでいたからだ。

「……は?」

一気に目が覚めた。

調べてみたところ、実家のある市から車で数時間は離れた住所にあるようだった。

伸介は事態を呑み込めないまま、とりあえずスマホを手に取る。

「おい猛、さっき役所から税金の通知が来た。親父の奴、山持ってたらしいぞ。このままだと固定資産税がかかるって。お前、知ってたか?」

「はぁ? 山ぁ? そんな話聞いたことないぞ。そもそも親父に、山なんて買えるか? 貯金だって、ほとんどなかったのに」

「ああ、だからたぶん資産価値はほぼゼロだと思う。いつもの思いつきで、二束三文で買ったんだろ。実家からも距離があるし、地図で見ても緑しかない」

「それか、どこかの知り合いから回ってきたんじゃないか。ほら、鯛焼き屋の時みたいに」

「ありうるな」

一瞬、沈黙が流れた。おそらく猛も生前の父を思い出して閉口しているのだろう。

「……なら、税金と草刈りの手間食うだけの土地だな。持ってても損するだけだ」

「だろうな。で、どうする? 一応、見に行ってみるか?」

「まあ、行っても藪だろうが」

翌週、伸介たちは父が遺した山林へと向かった。山道は狭く、ナビは時折沈黙した。

「着いたぞ」

路肩の草は伸び放題。番地の杭は見当たらず、谷側に朽ちた標柱が斜めになっている。藪をかき分けると、斜面の肩に小さな小屋が現れた。波板のトタン屋根、歪んだ庇、釘の頭が不揃いに光っている。

「親父の手だな」

猛の声に頷き、伸介は戸板を押した。

中は空っぽで、隅に錆びた金槌と、平成の終わりで止まったカレンダー。床は沈み、柱は湿っていた。

「こりゃあ、売れないな」

「売れない。不法投棄でもされたら片づけ費用はこっち持ち。山火事や土砂崩れのリスクもある」

「買い手どころか、不動産屋も触りたがらないだろう。固定資産税は少額でも、延々積もってく」

「まさに負の遺産ってやつだな」

外に出ると、風が庇を鳴らした。伸介は視線を小屋の釘に留め、「父さん、何を作ろうとしたんだろうな」と呟いた。猛は肩をすくめる。

「思いつきの宿り木だよ。いつものやつだ」

2人はしばらく黙って斜面に立った。遠く、谷を渡る軽トラの音が細く聞こえる。

「兄貴、もう結論は出てるよな」

「ああ、管理が負担になるだけだ。先祖代々の土地ってわけでもないし、特に思い入れもない」

「じゃあ、相続放棄しかない」

「土地だけって相続放棄っていうのはできないらしいけど、まあ処分の手間を考えると仕方ないか」

「そうだな」

帰り道、車内には土と錆の匂いが残った。峠を下りて街に入ると、父の山が夕暮れに沈んでいった。