限界を迎えた親子関係
私の事務所での面談から半年後、長野さんは実家を出た。父・宗司さんとの関係が限界を迎えていたからだ。若者との関係を断つよう宗司さんに懇願したが、取り付く島もなかったのだという。
話し合いが続いたある日、宗司さんは長野さんに静かにこう言った。
「俺の人生なんだから、俺が決める。お前の人生に口を出さなかったように、俺の人生にも口を出さないでくれ」
それ以降、長野さんは宗司さんと距離を置くようになった。正確には置かざるを得なかった。
そうして長野さんは家を出たのだ。
「もっと早く、父と話していればよかった。2年の間に何が起きたのか、まったく知らなかった。気がついたときには、もう止められなかったんです」
私と彼はどういう運命か居酒屋で酒を酌み交わす関係になった。私は彼に情が湧いてしまい、話をしたくて声をかけたのだ。聞けば聞くほど出てくる長野さんの後悔。だがそれも後の祭り。おそらくもう、この親子の関係は以前のように戻ることはないのだろうと悟る。
あれから10年近い月日がたつ。長野さんとは今、地元の集まりを介して定期的な付き合いがあるが、彼と宗司さんとの関係はいまだに絶縁状態にあるようだ。
高齢化が進む昨今。寂しさを感じていたり承認欲求が満たされなかったりして、不満を感じている高齢者につけ込む人物は間違いなく増えている。
そういった悪い人間から大切な親を守る唯一の方法。それは親と定期的に会い、話すこと。そして親子としての信頼関係を築き続けることにある。
世界で類を見ないほどの超高齢化社会に突入しつつある日本において、親と財産を守るための最前線は、実は法や制度などではなく、家族との日常にあるのかもしれない。
※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。