またもや例のクレーマーがやってきた
時折友梨と雑談をしながらいつものように仕事をしていた小枝子だったが、昼過ぎの退勤間近というタイミングで、今日も例の客が小枝子のレジにやってきた。
小枝子はその客を見るだけで思わず呼吸が浅くなった。
「ねえ、これ賞味期限が3日後になってるんだけど?」
その客は不愛想に言ってチョコレート菓子をレジ台に置いてきた。
「……は、はい。そうですね」
「こんな賞味期限が短いものを定価で売るってどうかしてるわ。半額にしなさい。どこのスーパーでもこれくらいの賞味期限のものはおつとめ品として割り引いてるんだから。この店もそうしなさいよ」
小枝子はお菓子の袋をじっと見る。
「あの、店長に確認して来ます……」
小枝子が答えると客は盛大に舌打ちをする。
「そんなこともあんたは自分で判断できないの! ここでどれだけ働いてるのよ⁉ ほんっと使えないわね!」
また怒鳴られた。確認はさせてもらえない。しかし勝手に判断して半額に割り引くことなんて小枝子の権限でできるはずもない。
「ですが……」
小枝子が戸惑っていると女性客は親の敵を見るかのようにこちらを見てくる。
「お客様のことをもっと考えて接客できないの⁉ あんた、この仕事でお金もらってるんでしょ⁉」
「も、申し訳ありません……」
頭を下げると、女性客は台をバチンと叩いてそのまま店を出て行ってしまった。
小枝子は深呼吸をひとつ挟み、何事もなかったかのように接客を再開する。友梨は小枝子の後ろに立ったままで、相変わらず表情は読みづらかったが驚いているに違いなかった。きっと先輩としてフォローするべきだったが、そんな余裕は小枝子にはなかった。
後ろで待たせていたお客に頭を下げて小枝子は商品を通す。
商品を全て通し、会計をし終えると突然声をかけられた。
「大丈夫?」
ハッとして顔を上げるとよく買い物をしてくれる60代くらいの女性客だった。
「あ、すいません」
思わず小枝子は頭を下げる。
「謝らなくていいのよ。あんな人のこと気にしなくて良いからね。あなたはよくやってるわよ。いつもありがとね」
そう言って彼女は笑顔でカゴを受け取り、レジから離れて行った。
その瞬間、目頭が熱くなった。全員が敵だと思っていたが自分のことを案じてくれる人がお客さんの中にいたのだと分かって嬉しくなった。
小枝子はその場に立っていられなくなり、レジを離れてバックヤードに駆け込んだ。小枝子の意志とは無関係に涙がこぼれ落ち、小枝子はその涙を手で拭った。
すると目の前に白いハンカチが差し出される。顔を上げると、目の前には友梨が立っていた。
「使って下さい」
「あ、ありがとう……」
友梨の優しさに感謝しながら小枝子はハンカチを受け取る。
自分には沢山の理解者がいるのだと分かった。やっぱりこの仕事を辞めたくないと小枝子は再認識する。けれどそのためにはあのクレーム客をなんとかしなければいけないと思った。
●さすがに耐えられない。窮状を店長に伝えるのだが、店長は面倒くさいことはしたくないと言わんばかりの態度だった。そしてある日、またクレーマーの女性がやってきた……。後編【「客を大事にできないような店は潰れるわよ⁉」暴言が止まらないモンスターカスタマーを完璧に黙らせた、新人のひと言】で詳説します。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。