何が目的なのかわからない

仕事を終えて小枝子は更衣室で制服のエプロンを取り、帰り支度をする。仕事終わりは大抵、開放感があるのだがやはり怒鳴られたことはずっと心にしこりとして残っている。

「野村さん、大変だったね。またあのオバさんが来てたんでしょ?」

声を掛けてきた久美は40歳で、自分より6歳下だが同じ時期に入った同じパートということで仲は良かった。

小枝子は力なく笑う。

「……ええ。そうなのよ」

「……ホントに何が目的なのかしら。100円くらいのことであんな喚いてさ、恥ずかしいとか思わないのかな?」

小枝子は首を横に振る。

「どうなんだろ? もう何を考えてるのか分からないわ」

「多分、ストレス解消のためにやってるのよ。ほんとたち悪いよね……! あんまり酷いようなら私から店長に言っておくからね。あんまり考え込まない方がいいわよ」

そう言うと久美はそそくさと帰ってしまった。足取りの軽い久美を見て小枝子は羨ましいなと思った。

久美はあの客から怒られたことはない。というより小枝子以外の誰も、あの客からクレームをつけられたことがない。あの客はいつも小枝子を狙ってクレームをつけてくるのだ。

もちろん心当たりはない。きっと小枝子が何かをしたわけではないだろう。きっと単純に、言いやすいのだ。大人しく、ひたすら謝るだけの小枝子は格好の的なのだ。

しかしだからといって何もすることができない。

辞めようかなと何度も思ったことはあったが、家計を考えると決断には踏み切れない。しかもシフトなどでも融通が効きやすい上に、同僚たちとの関係も良好だ。困っているのはあの客のことくらい。だから一から新しい職場を探す労力を考えると、我慢すればいいのかなと思ってしまうのだった。