夫にも笑顔が
突然ふっと、優典が笑った。
「……え、今笑った?」
思わず聞いてしまった夏海に、彼は照れくさそうに目をそらした。
「なんか、久しぶりに気分がいい。頭のなか、空っぽにできたっていうか……うまく言えないけど」
その言葉だけで、涙が出そうだった。ずっと張りつめていた彼の心が、ようやく少しだけほどけた気がして、夏海は誘ってよかったと心から思った。
「今日は来てくれて、ありがとう」
「……こっちこそ、連れてきてくれて、ありがとう」
焚火の炎が少しだけ勢いを増す。その灯のゆらめきが、優典の横顔を柔らかく照らしていた。
グランピングを体験して以来、優典はみるみるうちに回復していった。自室に引きこもっていたのが嘘のように、タイミングを見計らっては外へ出かけていく。
「次はさ、自分たちでテント張るところからやってみない?」
ある日、帰りの車内で優典がぽつりと言ったのを機に、夏海たちは本格的にキャンプを始めることになった。
もちろん、最初からスムーズにいったわけではない。テントの設営に手間取り、焚き火が湿った薪でなかなかつかず、やっと火がついたと思ったら煙にむせてふたりで大笑いした夜もある。でも、上手くいかない体験も、今の夏海たちには貴重な時間だった。何より、自然のなかで過ごす時間が、確実に優典を癒していた。
そして、半年ほどが経ったころ、優典は復職を決めた。
「いつまでもこうしてるわけにもいかないよ。それに、残業の少ない部署に異動させてもらったし、もう無理はしない。今まで心配かけてごめんな、夏海」
優典の目に優しい光が戻っている。それが分かった瞬間、夏海は初めて深く息をつけた気がした。
●円満解決かと思いきや。その後、優典はキャンプドはまりしてしまい。キャンプ道具だけでなくついにはに運びに便利だと高額のワンボックスカーまで購入。またしても夏海は苦労することになってしまう。後編【キャンプにドはまりし道具を買いあさる夫に妻激怒…! そして二人が気づいた“本当に大切な時間”】にて詳細をお届けする。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません