冷蔵庫を開けた瞬間、夏海はため息を呑み込んだ。出勤前に用意しておいた特製おにぎりが、手付かずのまま残っていたからだ。ストックの冷凍食品も、戸棚のインスタントラーメンも減っている形跡がない。

「今日も、か……」

スマホを見ると時刻は午後7時。足音を忍ばせながら廊下を歩き、そっと寝室のドアノブを回し、わずかに開いた隙間から中を覗く。ベッドの上には、夫の優典が朝と同じスウェット姿のまま、うつ伏せで寝ていた。

「優典、ただいま。ご飯一緒に食べよ」

「……俺はいい」

「でも、朝から何も食べてないよね? 何かお腹に入れないと」

「……腹減ってないから」

「そっか、じゃあ優典の分、冷蔵庫に入れとくから。お腹すいたら食べてね。あ! あと、水分補給はちゃんとすること」

夏海は枕元にペットボトルの水を置くと、静かに部屋のドアを閉めて、リビングに戻った。1人分のおかずをレンジで温め、冷蔵庫に取り残されていたおにぎりと一緒に胃に詰め込む。

「うーん、ちょっと塩辛かったか……」

優典が会社を休職してから、もうすぐ3ヶ月が経つ。

ある朝、いつもの時間になっても起きてこない優典に、夏海は風邪をひいたのだと思った。だが、熱もない、咳もない。市販の風邪薬や栄養ドリンクを飲んでも良くならない。ただ強烈な無力感によってベッドから出ることができず、会社を休む日が続いた。

病院で診断されたのは、「適応障害」。原因は、仕事――過剰な業務量と、あとは、おそらく人間関係だ。社内の人間関係については、本人から聞いたわけではない。でも、真面目過ぎる彼がどれだけ無理をしていたか、近くで見ていた夏海には、なんとなく分かった。