息子に声をかけるものの
淳也の帰りは、最近ますます遅くなっている。「バイトだよ、バイト」と言いながら、疲れた顔で帰ってきて、シャワーを浴びて、部屋にこもる。それが、ここのところのルーティンだった。
彼の好きだった唐揚げを作っても、食卓につくのは一言もしゃべらず、スマホ片手にパパッと食べてすぐに立ち上がる。
まるで、そこに「母親」がいることが見えないかのように。
部活をしていたころは、試合前にはゲン担ぎにトンカツを揚げたり、彼のリクエストでオムライスを作ったり、そんな積み重ねが「親子」なのだと思ってきた。だが、今の佳代は、ただ静かに見守ることしかできず、何かを言えば煙たがられる存在になってしまったように思える。
だからその夜、佳代は思い切って声をかけることにした。中間テストも近いし、春から高3になった今、そろそろ進路のことだってちゃんと話したいと思った。
「淳也、ちょっといい? 少しだけ話せる?」
淳也は無言のまま立ち上がりかけたが、佳代の視線に気づいて動きを止めた。
「……なに?」
その言い方に、すでに警戒心がにじんでいるのが分かった。だがここで引いてしまったら、また何も話せずに終わってしまう。
「進路のこと。もう高3なんだし、そろそろ真剣に考えた方がいいと思って……」
「……考えてるよ」
「ほんとに? でも、学校の先生からは何も聞いてないし、進路希望の提出物も手つかずじゃないの」
「うるさいな……」
ぽつりと吐き捨てるようなその言葉に、胸がちくりと痛んだ。
「お母さんは心配してるのよ。遊びとバイトばっかりで、何も考えてないんじゃないかって……」
言った瞬間、自分の言葉がどれだけ頭ごなしだったかに気づく。だが止まらなかった。
「あなた、部活を辞めてから、何か投げやりになってるように見えるのよ。あんなに一生懸命だったのに……」
「投げやりなんかじゃない!」
淳也が強い口調で遮った。初めてだった、こんなふうに声を荒らげたのは。
「何にも知らないくせに偉そうに言うなよ……!」
「私は、あなたの母親よ」
「は? だから何なんだよ」
その言葉に、佳代は何も言い返せなかった。
淳也はそのままリビングから出て、自分の部屋に閉じこもった。ドアが閉まる音が、いつもより重たく響いた。テーブルの上には、夕飯の残りが冷めたまま残っていた。
どうしてうまく話せないんだろうか。
大事に思っているのに。心配しているだけなのに。
夫がいれば、違ったのだろうか。
男親なら、もっと自然に話せたのかもしれない。
あの子の目線に立って、言葉を選ぶことができたのかもしれない。
沈黙のリビングで、佳代は自分の手のひらをじっと見つめた。小さなころ、淳也の熱を測ったり、転んだ膝を手当てしたりしていたこの手で、いまはもう彼を支えられないのかもしれない。そう思うと、どこか切なくて、寂しくて、ふいに涙がにじんだ。
●それでもなんとか淳也の思いを知りたい佳代は夫に相談したり、本を手に取ったり、スマホ片手に解決になんとか打開策を見つけようとするのだが……。後編:【「バイトばかりで将来が心配」そう思っていた高3息子が秘密裏に計画していたこと】にて詳細をお届けする。