息子に告げると
家に帰ると、リビングに大祐がいた。
ソファでスマホをいじっていたが、正美が帰ってきた気配を敏感に察知してちらりとこちらを覗いた。空気が張り詰め、お互いに気まずさを感じる。
正美は上着を脱ぎながら、深く息を吸った。そして、なるべく自然な声を心がけて言った。
「さっきね、怜奈ちゃんに会ったの」
「は?」
手を止めた大祐が表情を露骨に歪めた。言いたいことは分かる。
「街中で偶然だったのよ……それで、お茶に誘って少し話をしたの」
「何余計なことしてんの……」
「ごめんなさい。でも、話したくて」
大祐がスマホを操作する。きっと怜奈に余計なことを言われていないか確認しようとしているのだろう。
「素敵な子ね」
だから正美がそう言った瞬間、大祐は明らかに動揺していた。
「きちんとした言葉遣いで、落ち着いて話してくれて……とても礼儀正しい良い子だった」
「……あっそ」
「美容師の専門学校に通っていて、家族とも仲がいいんですってね。それに、コンビニのアルバイトも頑張ってるって……」
「うん……」
「正直に言うとね、私は最初、怜奈ちゃんの見た目だけで判断してた。髪色とか、服装とか……すごく、浅はかだったと思う」
言葉を選びながらも、正美は自分の気持ちを正直に伝えた。大祐が少しずつ肩の力を抜いていくのがわかる。
「怜奈ちゃんの話を聞いて、私、すごく反省したの。大祐に相応しくないと決めつける前に、もっとちゃんと相手を知ろうとしないとダメだったよね」
正美が自嘲気味に笑うと、大祐も釣られて小さく笑った。
「……母さんは、昔から思い込み激しいからね」
「ごめん、大祐。あなたの大事な人を、勝手に否定するみたいなことをして」
正美は深く頭を下げた。すると、しばらくの沈黙のあと、大祐がそっと言った。
「……いいよ。でも、必要以上に詮索しようとしないでほしい。聞いて欲しいことは、こっちから言うからさ……」
「わかった、もうしない」
正美は素直にうなずいた。リビングに流れる空気が、いつの間にか柔らかくなっていた。
「さっ、そろそろ支度しないと。お父さんが帰ってきちゃう」
キッチンに立った正美の背後に、大祐から声がかかった。
「あ、そうだ母さん。明日俺、夕食いらないから」
「……わかった」
顔を見たら、また余計なことを聞いてしまいそうで、わざと振り返らずに返事をしたが、心を読まれていたらしい。「バイト先の友達と飲むだけだから」と自室へ引っ込んでいった大祐の足音を聞いて、正美は思わず苦笑いをこぼした。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。