散歩で商店街を歩いていると
パートが休みの日の夕方、正美は駅前の商店街をふらふらと歩いていた。気分転換に、と軽い気持ちで外に出たのだが、どうにも心は落ち着かなかった。
あの日以来、大祐とは話せていない。どうすれば自分の気持ちが息子に伝わるのか。物思いにふけっていたそのとき、ふと前方に見覚えのある姿を見つけた。
怜奈だ。
学校帰りなのか、先日とは違い、大きめのリュックを背負っている。正美は迷ったが、意を決して怜奈に近づいていった。大祐が聞いてくれないなら、彼女の方と話をつけるしかないと思った。
「あの、怜奈さん……よね?」
声をかけると、怜奈は少し驚いた顔をしたがすぐに、にこりと笑った。
「こんにちは」
「また会うなんて偶然ね。これから帰り?」
「はい、授業が終わって帰るところです」
「そうなの。もし時間があるなら……お茶でもどう?」
怜奈は一瞬、戸惑うようにまばたきしたが、「はい」と小さくうなずいた。駅近くのカフェに入ると、怜奈が自然と奥の席を勧めてくれる。ちくりと痛んだ心を無視して、正美は単刀直入に切り出した。この期に及んで良い人ぶっても仕方がない。
「大祐から聞いたんだけど、付き合ってるのよね?」
「あ、はい。お付き合いさせてもらってます」
「……大祐とはどこで?」
「えっと、私たち、もともとは高校の同級生なんです」
「あ、そうだったの?」
正美が一瞬気の抜けた声を出すと、怜奈は少し恥ずかしそうにうなずき、それから遠慮がちに話してくれた。高校時代はほとんど接点がなかったこと。成人式での再会をきっかけに連絡を取り合うようになったこと。怜奈の話す声は落ち着いていて、言葉遣いも丁寧だった。
だが、こんなのは当たり前のことだ。派手な見た目のヤンキーがすると必要以上にいいことをしたように見えるという、よくある錯覚にすぎない。
「今は、専門学生なんだよね? 何の学校に通ってるの?」
「はい、美容師を目指して専門学校に通っています。大祐……くんには、いつも励ましてもらってて……」
正美は黙ってうなずいた。ほだされてはいけないと、内心で言い聞かせていた。
「あの……こんなこと聞いて悪いけど、普段デート代はどうしてるの?」
「えっ……デート代ですか? 普通にバイト代から出してますけど……? 大祐くんと交代で」
「あっ、そうなの。バイト代から……そう……」
「はい、近所のコンビニで、もう2年くらい同じ店で働いてます。親と姉が専門の学費を出してくれてるんですけど、少しずつ返してて」
「そう……そうなのね……」
「あ、でも、それは私が勝手にそうしたいってだけで、両親と姉も私の夢を応援してくれてます。姉とは8つも年が離れているので、昔からすごく可愛がってくれていて……この間の誕生日なんて、私にブランド物のお財布を買ってくれたんですよ? 私、もう嬉しくって、ショップバッグも捨てずに使ってるくらいです」
ふわりと笑うその顔は、幼いようでいて、しっかりと自分の足で立とうとする強さ
を感じさせる。
正美は自分の浅はかさを後悔し始めていた。
怜奈の見た目に驚いた勢いで、息子が騙されているんじゃないかと勝手な憶測をくり広げた。だが、話を聞いてみれば、そうではないと分かる。むしろ大祐が頼りなく思えるくらい、怜奈はしっかりと芯の通った考えを持っている素敵な女性だった。
急に黙り込んだ自分を怜奈が不思議そうに見つめていることに気づき、正美は顔を上げた。
「今日は付き合ってくれてありがとう。それから……突然誘ってごめんなさい」
「そんな、私こそ……お話しできて良かったです」
怜奈は安心したように息を吐き、小さく頭を下げた。カフェの窓から差し込む光が、怜奈の髪を柔らかく照らしていた。
「これからも、大祐のことよろしくね」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
2人の間に流れる空気が、春にふさわしく、少しだけ軽やかになった気がした。