<前編のあらすじ>
里砂子は重い花粉症に悩まされていた。鼻水にくしゃみ、そして強烈な頭痛ーー。だが、里砂子の心労の種はそれだけではなかった。
夫の健一の存在である。苦しむ里砂子にまともに取り会わず、花粉症の辛さに晩御飯の準備すらできそうもないと言われても、コンビニ弁当を自分の分だけ買ってきて、一人で食べてしまう始末である。
それだけにとどまらず、健一は苦しむ里砂子を一人家に置き、「付き合いだから」とゴルフにでかけてしまい……。
前編:一人でコンビニ弁当をむさぼり、休日は部長とのゴルフに明け暮れ…花粉症でダウンした妻をいらだたせる夫の無神経すぎる行動
怒り心頭に
玄関の開く音で里砂子は目を覚ました。窓から見える外の景色はすっかり暗く、スマホで時間を確認すると夜の10時を回っていた。
ベッドから起きてリビングの扉を開けた瞬間、思わず大きなくしゃみが出た。からだが目には見えない花粉に反応していた。
「おお、びっくりした」
と、ソファの上で声をあげたのは健一。寝ていたのか、からだにはブランケットがかけてある。顔は真っ赤になっていて、とろんとした目は単に眠いだけでなく、健一が酔っていることが見て取れた。
「家に入るとき、外ではたいてきてって言ってるじゃない」
里砂子はダイニングテーブルに置きっぱなしになっているスポーツジャケットやバッグをにらみながら文句を言う。
「ああ、ごめんごめん」
気のない返事に、眠ったことで一度落ち着いていた苛立ちが里砂子の胸中で膨れ上がる。
「何その言い方。信じられないんだけど」
「何をそんなに怒ってるんだよ」
「そりゃ怒るでしょ。家のこと何もやらないで、体調不良の妻をほったらかしにして遊びに出かけて、挙句酔っぱらって帰ってくる。しかも、これなに? 勝手にこんな買い物して、付き合いで仕方なくとか言ってる割に、随分と楽しんでるじゃない」
「お前、勝手に開けたのかよ」
「勝手に開けられて困るようなものなら買わないでよ!」
思わず声を荒げた里砂子に、健一は冷たい舌打ちをした。
「何なんだよ。こっちは半分仕事みたいなゴルフで疲れて帰ってきたのにさ。どうしてたかだか花粉症で重度の病人みたいな顔してる君のイライラの被害を受けないといけないわけ?」
「は? 被害者ぶらないでよ。被害者は私でしょ」
「ほら、出た。そういうところだよな。花粉症がそんなにえらいのか? いい加減にしてくれよ」
「私だって……! 私だってねっ……!」
好きで花粉症になったんじゃない、と叫ぶつもりだったが声が出なかった。急に息が苦しくなり、胸のあたりから喘鳴が聞こえる。それなのに咳が止まらなくなり、からだのなかの空気がどんどん絞り出されていく。里砂子はその場に膝をついた。
「おいおい、ふざけるなって」
健一はやれやれとため息をついている。だが里砂子はふざけてなどいなかった。なんとか声を絞り出し、救急車と声を出す。そうまでしてようやく、健一は事の重大さを理解してくれたようだった。
「おい、本気か? 嘘だろ……里砂子、大丈夫か?」
健一はスマホを探し、119番に電話をかける。すぐ来るから頑張れ、と熱を持った手で背中をさすってくれていたが、里砂子の意識は呼吸困難に合わせて朦朧としていった。