痛みが教えてくれたこと

詰所のベンチに腰を下ろし、明日香は大きく息をついた。冷たい水で洗い流した手のひらはまだ少しヒリヒリしているが、救護スタッフが言っていた通り、先ほどまでの激しい痛みは落ち着いていた。

明日香はまだ赤い手のひらに視線を落とす。予想外のところでSDGsの必要性と環境の異変を実感することになってしまったな、と思った。遠くで波が寄せては引いていく穏やかな音を聞きながら、明日香はぼんやりと海を眺めた。隣では美理が明日香の手をじっと見つめていた。

「ママ、もう痛くない?」

明日香は微笑んでうなずいた。

「うん、大丈夫。美理が心配してくれたおかげで、早く良くなりそう」
ようやく安心できたのか、美理は小さく息を吐いていた。

「今日どうだった?」

「楽しかったよ。ゴミいっぱい拾ったから、海もきれいになったし、クラゲさんも住みやすい海のほうがいいもんね」

明日香は自分で聞いておきながら驚いて美理を見つめた。 

美理はまだ7歳。学校でもSDGsやサステナビリティについて教えることはあるだろうが、まだ環境問題について詳しく学んだわけではない。だが、自分の目で見たこと、感じたことから、大切なことを理解しようとしている。

そのたのもしさに、明日香はふっと笑って小さな手を握った。

「そうだね。海の生き物も、私たちも、みんなが気持ちよく暮らせるほうがいいよね」

湘南の海風がそっと吹き抜け、明日香たちの髪を揺らした。

「これからも、またゴミ拾いしようね」

美理の無邪気な声に、明日香はうなずく。

「うん、また来ようね」

母娘は寄り添いながら、春の海を眺めた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。