<前編のあらすじ>

栄子の小学2年生になる息子・優は高校野球に首ったけだ。自分も野球をやりたいとも思っている。栄子も、もちろんその気持ちを知っていた。しかし、野球を始めるには大きな壁があった。栄子の夫であり、優の父でもある勇吾である。

法曹一家で育ち、自身も検察官という法の専門家としてキャリアを歩む勇吾は平たく言えばお堅い人間だった。

栄子が優の思いを伝えるも、野球をやらせて何になる、とにべもない。優を想う気持ちゆえではあるが、息子の思いも無下にはできない。そこで栄子が頼ったのは、勇吾とは180度真逆で自由に生きる勇吾の兄・将吾だった。

前編:「野球なんてやらせて何になる?」甲子園に憧れた小2の息子に立ちはだかる「大きすぎる壁」

義理の兄から届くグローブ

電話から3日後、将吾から昼間の時間指定で荷物が届いた。中には真新しいグローブとボール、そして将吾から優への手紙が入っていた。

手紙に何が書かれていたのか、栄子は知る由もなかったが、グローブとボールをもらって嬉しかったらしい優は春休みで時間があったこともあり、それらを持って近所の公園に出かけることが増えた。1度気になって聞いてみたが、優は「秘密」と答えるだけで教えてはくれなかった。

荷物が届いてから1週間くらいが経ったころ、ついに将吾が家にやってきた。

「突然来るって聞いたときは驚いたよ」

「まあいいじゃねえか。兄弟なんだし、来たからって気使う間柄ってわけでもねえだろう」

「いやまあそうなんだけどさ……」

普段は頼りがいのある勇悟だが、将吾の前では弟の顔になる。本当に仲の良い兄弟なのだな一人っ子の栄子はうらやましさを覚えた。

リビングに将吾を通し、栄子は4人分のお茶を並べる。優が将吾にお礼を言い、将吾がまあいいからと返していた。おそらくグローブのことだろうが、勇悟には何のことか全く分からないようだった。

「それで何の用だよ?」

「なんだよ。用がなきゃ来ちゃまずいのか?」

「そうじゃないけど、兄さんだって暇じゃないだろ」

「甥っ子の未来のために来たんだ」

将吾らしいぼかした言い方だったが、勇悟はすぐに察して栄子のことを見た。

「そういうことか」

「そんなに野球やらせんの反対なのか?」

「そりゃそうだよ。別にプロ野球選手を目指すってわけでもないのに、何も小学生から始めなくたっていいだろう。小学生のうちはきちんと勉強して、中学受験でいい学校に入って、部活はそこから好きにやればいい」

「でもよ、勇悟。どんなスポーツでも、プロになるような選手の大半は小学生のころからこつこつ続けてきてるもんだろ。優だってもしかしたら何かのきっかけで才能が開花するかもしれない。その目をやらせもせずに摘んじまうっていうのは、どうなのよ」

話を進める勇悟と将吾に、優が「俺、別にプロになりたいわけじゃ」と口を挟んだ。

「ほらな。端からなる気がないんだから、優にプロなんて無理だって」

「それはお前の意見だろう?」

将吾の声が固さを帯び、突きつけるような素早さで勇悟に向けられた。