裏垢に届いた不穏なリプライ

1週間が経ってもなお、ユーチューバーは燃えていた。ファッションブランドのアンバサダー契約は解除され、化粧品メーカーと進んでいたコラボ企画は白紙。あちこちで出ていた影響は新たな燃料となり、ネットの海で盛る見えない炎は勢いを失わない。

被害者面で涙ながらに頭を下げていた謝罪動画以来、動きがないことも炎上に拍車をかけていた。逃亡を許すな、黙っておけば鎮火すると思ってんのか、と世間の怒りを煽っていた。

真耶子はそのあいだにも無数のゲラを読み、企画会議に出席し、夫の飯を作り、担当作家と打ち合わせをし、夫が脱ぎ捨てた裏返しの靴下を拾い集め、メンタルの不調で休職した同僚からろくな引き継ぎもないまま仕事を巻き取り、夫のシェービングクリームが切れそうになっていることに目ざとく気づいて買い置きをし、そしてそのすべてをつつがなくこなしていた。

そして同時に、それらをこなしながらストレスを溜めるたび、ユーチューバ―に鋭く尖ったリプライを送った。もはや彼の不謹慎発言はもはやどうでもよくなっている。ユーチューバーは人からサンドバッグになり、真耶子が抱えているようなこの世にはびこる不平不満を一心に受ける器になっていた。

十時過ぎまで働いて、駅前で牛丼チェーンに立ち寄って2人分の牛丼を買って帰る。静まり返った夜道を歩く真耶子の表情を、煌々と光るスマホの画面が照らしている。すばやく親指でスクロールしたタイムラインに、ユーチューバーの所属事務所からの投稿が流れてくる。

『弊社の所属ユーチューバーである新橋ブラザーズの新橋バミィは持病が悪化し、無期限の休養に入ることをご報告します。また、今回のフィリピン豪雨を巡る動画にいただいた反響につきましては当人、事務所双方に重く受け止め、今後の活動を見つめ直すきっかけとして参ります』

「は?」

思わず声が出たのは苛立ったからだ。お前は被害者ではないだろ。害虫は今すぐ駆除しろよ。考えるより先に指が動き、真耶子はリプライを送りつけていた。

投稿すればすぐに、いつも通りいいねやリポストの数字が増えていく。やがて一件のリプライが届く。

『こういうやつがバミィを追い込んだんだよな 人の人生を何だと思ってんだよ お前が自分を見つめ直せよ』

●ストレス発散に、裏垢でYouTuberを追い詰めるコメントを投稿し続けた、真耶子だったが、この不穏なリプライを契機に自業自得とも言える状況に追い込まれてしまう。後編:【「こいつらが犯人」ネットで非難の嵐にさらされ、危険なストレス解消法に興じたバリキャリ女性編集者の“自業自得な”末路】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。