<前編のあらすじ>
40代の真耶子は編集者としてバリバリ働いていた。
曲者ぞろいの作家をなだめすかし、なんとか作品を執筆させ。病んで求職した同僚の後始末をして、家に帰っては頼りない夫の世話をして。
仕事は充実しているもののストレスフルな日々が続く。
そんな真耶子には、ストレスを発散するために使っているSNSの“裏垢”があった。不祥事や炎上騒動を起こしたネットの有名人を見つけては、そのアカウントに誹謗中傷に近い激しい言葉を投げかける。これが真耶子のストレス解消方法だった。
ある日も、真耶子はとあるYouTuberの炎上騒動に参加していた。ついに所属事務所を通して休養を発表したYouTuberだが、真耶子は納得がいかない。所属事務所のアカウントに対しても罵詈雑言のようなリプライを飛ばし、増える「いいね」の数を眺め、悦に浸っていた。
だが、そんな真耶子のアカウントに一件のリプライが届く。
『人の人生なんだと思ってんだよ』
前編:「害虫は今すぐ駆除しろ」40代敏腕女性編集者が実践していた、危険すぎるストレス解消法とは
今度は自分が燃やされる側に
『バミィ誹謗中傷垢一覧 こいつらが犯人↑↑↑』
『相手のことよく知りもしないで炎上に飛びついて誹謗中傷するやつ、ヒマすぎだろ』
『それなwww 人生さみしすぎwww』
『やり直せニキのMさん、自分が1番品性なかった説www』
スマホを握る手に思わず力がこもった。けれど画面は割れたりしないし、逆に指のほうが少し痛むだけだった。真耶子は息を吐き、それぞれのポストに条件反射の罵詈雑言を載せたリプライを送りつけた。
休養の発表以来、雲行きがおかしかった。非難されるべきはふざけた名前のユーチューバーなはずなのに、いつの間にかいくつかのポストの矛先は真耶子に向いていた。
終わりがなかった。投げこまれてくる尖ったポストを片っ端から打ち返して噛みつくが、以前のように胸がすくようなことはなく、親指でテンキーを叩くたびに脳の隅っこが焦げついた。こんなはずではなかった。
思わず漏れてしまった舌打ちに、となりのデスクでゲラを読んでいた後輩が顔を上げる。疲れてますね、坂下さん。余計なお世話だ、とは言わなかった。
「天上院先生の原稿が面白すぎて、一気読みしたせいか寝不足でさ。でもこういう原稿をもらえたときって、編集冥利に尽きるっていうか、ほんと幸せ」
担当作家の原稿が面白かったことは事実なので適当にそう言って席を立つ。
いつもの癖でXを見ようとスマホを手にすると、ホーム画面に並ぶアイコンの右上には赤字の白抜き数字で6と表示されている。届いているのはさっき打ち返したリプライへのリプライで、品のない罵詈雑言と非難が並んでいる。真耶子はアプリの設定をいじり、通知が来ないようにした。