「死んだあとのことなんて、自分で決めておくもんじゃないですかね」
相談者である高橋正男さん(仮名、70代)が穏やかな表情でそう語ったのは、私の事務所を初めて訪れた日のことだった。彼は20代の若いころに雑貨の輸入代理事業を立ち上げ、60代で引退。現在は年金と不動産収入で、悠々自適の生活を送っていた。だが、その穏やかな日々の中でふと、「自分がいなくなった後のこと」が気になり始めたという。
今回はそんな彼の事例をもとに、遺言書を自作することの是非について考えていこう。
自作した遺言書に潜む危うさ
今から10年ほど前の話になる。事業を畳み、まさに第二の人生を謳歌していた高橋さんは、テレビで観た終活についての特集をきっかけに、自分の死後について考えるようになった。
現役時代は事業を運営していて、法的知識が多少なりともあったため、インターネットで検索しながら自分で遺言書を作成した。
だが、その数週間後、彼は私の執筆した「自分で遺言書を作ることの危うさ」についての解説記事を読んだという。
彼はこれまで法的側面ばかり重視していただけに、私が記事内で指摘していた「法定相続分を無視した遺言書は、残された家族の間に争いを生む可能性がある」「形式の不備だけでなく、相続人たちへの配慮を欠くような、いわば“心の不備”にも目を向けるべき」といった部分を軽視していたようで、そこが彼の胸に刺さったとのことだ。