<前編のあらすじ>
慎一は息子の清弥が通うことになった公立の幼稚園に不満を感じていた。教育の質は悪く、品のない親ばかり。そんな差別的な感情も抱いていた。
とはいいつつも、慎一自身も一般家庭の出身だ。選民思想のような考え方に至った根源は彼の大学時代にある。
東京の大学に進学してはじめて出会った、華やかな都会の学生たち。強いコンプレックスを覚えた慎一は自らも彼ら彼女らに追いつくべく努力を重ね、大学卒業後は財閥系の銀行に就職した。だからこそ、我慢がならなかったのだ。
そんな慎一にも「息子の運動会」に参加する日がやってきた。内心、周りの親たちを見下し距離を取ろうとする慎一だが、そうもいっていられなくなってしまう。父兄参加の障害物リレーの時間がが迫ってきていた。慎一はできれば参加したくないのだが息子の清弥は何やら親の頑張りに期待していそうである。そうして午後のプログラムの時間がやってきた。
前編:「品のない親たちだ」公立の幼稚園を馬鹿にする大企業勤務の夫が運動会で直面した「想定外の災難」
入場をお願いします
さつきが朝から張り切って作っていた弁当を家族3人で食べ終えた慎一は、午後のプログラムが始まる15分前に、手作りの入場ゲートの前に立っていた。
何度も辞退しようと思った。だが、始まる直前に人数が変動してしまっては迷惑がかかる。それになにより、清弥が喜んでいたというさつきの言葉が引っ掛かってもいた。
「それじゃあ、入場をお願いします」
先生の声に導かれて、行列が歩き出す。慎一の目の前には午前中に鬱陶しいと思っていた茶髪の子どもの、坊主頭にサングラスのあの父親がいた。
「やってやりましょうね」
慎一の不躾な視線に気づいたのか、坊主頭が振り返る。いかにも勝負事が好きそうな、好戦的で野蛮な顔をしている。慎一は、目を細めて曖昧に笑い、頷いておいた。
障害物リレー、とは言うものの、立ちはだかるのはオーソドックスで子供だましな障害物ばかりだ。まずスタートしてすぐ、二本の平均台が待ち受ける。それを渡ってカーブを抜ければネットくぐり。最後はフラフープで輪投げをして、カーブを抜ければ次の走者が待っている。
大の大人がこんなことをするのを見世物にして何が楽しいのかは分からない。だが毎年盛り上がる恒例の種目らしく、会場は盛り上がっていた。