お母さんはずいぶん縮んだね
明子は2人の横に並んだ。春風が柔らかく吹き抜け、明子の髪を揺らす。
「懐かしいねぇ。明子も桃子も昔は小さかったのに。いつの間にかこんなにでっかくなっちまってさ」
「お母さんはずいぶん縮んだよね。皺だらけだし」
「今となっては憎まれ口しか叩かない」
「お互い様でしょ」
「2人とも、本当に素直じゃないよね。昔だってそう。チューリップ見ながらケンカしてさ」
ため息をつく桃子に、明子はそうだったっけと肩をすくめる。
「そうだよ。それで、いつも2人の機嫌を取るのがわたしの役目。ずっと変わらない」
桃子はもう一度ため息をつくが、うんざりしたと言いたげな声音の割に表情は穏やかで春の陽気にとけだすように微笑んでいる。
チューリップは雌雄同一の両性花であり、品種改良が容易な花だそうだ。多様な品種改良が施されてもチューリップがチューリップであるように、娘から息子に変わっても、目が二重に、鼻が作り物めいた高さになっても、この場所で過ごした思い出も、母と明子が親子であることも決して変わらないのだろう。
「じゃあ桃子に恩返ししとこうかな。私がお母さんのこと押してあげる。疲れたでしょ」
「そう? じゃあお言葉に甘えようかな」
「おい、明子。乱暴に押すんじゃないよ」
「あーはいはい」
明子は車椅子の後ろに立つ。母の後頭部を見下ろすと、黒染めしているようだが隠しきれない白髪が見て取れる。
分かり合えることも分かり合えないこともある。過去を完全に許すことも、現在を完全に受け入れることも、きっとできない。それでも、この煩わしい、目には見えないつながりこそが自分たちを母娘たらしめるのだろうと、明子は思った。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。