<前編のあらすじ>

悟志は会社の業績悪化により昇給・賞与の見送りを告げられた。住宅ローンや子どもの進学費用を抱え、50歳で転職も現実的でない悟志は、将来への不安を深めていた。

家計の固定費を見直そうと書類ケースを探っていたところ、妻・真里名義の見覚えのない銀行口座の通帳を発見する。パート代と節約分をコツコツ貯めた、いわゆるへそくりだった。

帰宅した真里を問い詰めると、「いざというときのために取っておいた」と主張する真里と、「隠すべきではなかった」と怒る悟志の間で口論に発展。以来、夫婦は冷戦状態に陥った。

●前編【「俺に黙ってこんなに」節約に励む妻vs給料が増えない夫…偶然発見した妻の秘密に思わず絶句

翔太の言葉が悟志に刺さる

悟志はリビングのテーブルに広げられている有名テーマパークのパンフレットの色鮮やかな紙面に目をやった。園内マップの脇には、期間限定のイベントやフードの写真が並んでいる。

「それ、明日行くのか」

声をかけると、翔太が顔を上げた。

「うん。朝一で行って、夕方には帰る。本当は夜のパレードも見たいけど、お母さんがダメだって」

「そうか……彼女と?」

「そう」

翔太はまたスマホに目を落とし、乗り換えを確かめている。浮足立っている様子がわかりやすくて、微笑ましい。悟志は財布を取り出し、中から紙幣を抜いた。

「ほら」

「え、何」

「小遣い。彼女に何かごちそうしてあげるといい」

翔太は差し出された金を見て、少し困ったように笑った。

「いや、デートは基本、割り勘だから」

「割り勘?」

「うん。入園料も中で食べる分も、それぞれで出す感じ」

「今は、そういうもんなのか」

「今はっていうか、2人で相談して決めた」

翔太はパンフレットを閉じ、あっさりした調子で続けた。

「片方が奢ると、気を使うし。2人で遊びに行くんだから、2人で出すほうが自然じゃない?」

妙に筋の通った言い分だった。

悟志は紙幣を持ったまま、翔太の横顔を見る。まだ子どもだと思っていた相手に、思いがけず確信めいたことを言われた気がした。

「向こうも、それでいいって言ってるのか」

「うん。2人で決めたことだから」

その一言が、妙に心に残った。

2人で決めたこと。どちらか一方が勝手に抱え込んだり、相手を責めたりする前に、まず話す。それが自然にできている翔太を前にして、悟志は自分のしたことを思い返していた。

通帳を見つけたとき、腹が立ったのは本当だ。だが最初にしたのは事情を聞くことではなく、文句をぶつけることだった。真里が何を考えて貯めていたのか、自分は何に引っかかっているのか、それを落ち着いて言葉にする前に声を荒らげた。

会社のことを口にしなかったのも、真里に心配をかけたくなかったからではない。情けないところを見せたくなかっただけだ。給料のことも、先の見えなさも、自分がうまくやれていないようで言い出せなかった。そのくせ、苦しさだけは真里にぶつけた。

「じゃあ、これは必要ないか」

「あっ、要る要る。要ります。せっかくだからもらっとく」

翔太は、悟志が金を財布に戻しかけたのを見て慌てた。

「まったく……気をつけて行けよ」

「ありがとう」

にやりとして紙幣を受け取った翔太は、またスマホに視線を戻した。悟志はソファにもたれ、薄暗い窓の外を眺めていた。しばらくして、買い物から帰ってきた真里が玄関の扉を開ける音が響いた。