喧嘩しつつも
予約していた宿で一晩を明かした明子たちは翌日、開園時間ぴったりを目指してこの旅行の最大の目的地である件のテーマパークへと向かった。
チューリップの時期であるためか、何でもない平日にも関わらずチケット売り場は混みあっていて、すでに長い行列ができていた。
「混んでんね。人酔いしそう」
列の最後尾に並んだ明子がつぶやくと、車椅子に座る母がけっと喉を鳴らした。
「なんだよ。東京で暮らしてるくせに、情けないね」
「はぁ? こっちは良かれと思って、田舎の年寄りを心配してあげてるだけだから」
「そうかいそうかい。だいたい何なの、その短い髪。私は男を生んだ覚えはないよ」
「そっちこそ。鼻も目も、いじりすぎて別人じゃん。誰だか分かんなくて怖いわ」
「2人ともストップ。ケンカしないで」
「してない。この人がいちいち突っかかってくるんだよ」
「親に向かってこの人とはなんだい」
「生んだ覚えがないって言ったのはそっちだろ」
「もう、いい加減にして!」
チケットを買って入場ゲートをくぐるころには開園時間をとっくに過ぎていて、高くなった陽に温められた空気はすっかり春の陽気だった。
チューリップと言えば、このテーマパークの通りオランダのイメージが強いものの、発祥はトルコ。チューリップの名前もターバン(チュルバン)が誤って伝わったことが語源らしく、現在もトルコでは外貨を稼ぐための重要な輸出品目であるらしい。
明子は久しぶりの家族旅行で平常心を保つために調べたそんなうんちくを頭のなかに浮かべながら、車椅子の母とそれを押している桃子とは少し距離を保ちながら歩き、やがて見えてきた光景に息を呑んだ。
赤、白、黄色、ピンクーー色とりどりのチューリップが、見渡せる限りの地面をくまなく埋め尽くしている。風がそよげば、100万本のチューリップが波打つように揺れる。
「懐かしい」
と言ったのは、自分だったのか、それとも母だったのかは分からない。けれど記憶の通りの色鮮やかな風景に、思わずため息が漏れたのは事実だ。