母は青ざめ
自分が男であると告げると、母は青ざめ、湧き起こった感情の矛先が分からないまま怒鳴り、やがて顔を赤くして泣き出した。どうしてそんな、ごめんねと謝られた。ちゃんと生んであげられなくてごめんね。
以来24年、明子は母を遠ざけてきた。そしてこれからも、遠ざけ続けることが自分と母のためになるのだと思ってきた。
それなのに、どうして今、家族3人で車に乗っているのだろうか。明子は後部座席で窓の外を眺めながら、ため息をついた。
「なあに、明くん。ため息なんかついて。せっかく、久しぶりの家族旅行なのに」
「危ないから。前見て運転して」
後ろをのぞきこんできた桃子をあしらって、頭を窓ガラスに傾ける。桃子はしぶしぶ前に向き直り、運転を続ける。
スマホが繋がれた車内のオーディオからは母が好きだった歌謡曲が流れているが、助手席の母は目を閉じたまま静かに寝息を立てている。
チューリップを見に行こうと言い出したのは、母の病状があまり芳しくないと医者に聞かされたらしい桃子だった。
明子は当然反対した。桃子が行先として挙げた100万本の色とりどりのチューリップが花を咲かせるテーマパークは、たしかに昔、まだオープンして間もないころ、家族4人で訪れた思い出の場所だったけれど、どんな交通手段で向かっても遠かった。だから体調が万全ならまだしも、病気を抱えている母には負担が大きすぎると思った。何より今更この3人で出かける旅行が、楽しいものになるとも思えなかった。
けれど明子の予想に反して、母は旅行に賛成した。母のための思い出作りの旅行に母が賛成したのだから、明子にはもう意見する余地がなかった。なし崩しの帰省から2週間、明子はまたなし崩し的に母と桃子と旅行に出かけている。