<前編のあらすじ>
娘の葉月が就職で家を出て、夫婦2人の生活が始まった健也と春実。ゴールデンウイークに旅行でも、と考えていた健也に対し、春実は「妻を卒業する」と離婚届をテーブルに置いた。すでに単身用のマンションを借り、荷物も運び出していた。
引き止める言葉も見つからないまま春実は家を出て行った。翌朝から健也は1人での生活を始めるが、コーヒーの淹れ方も洗剤の場所もわからず、基本的な家事にすら苦戦する。
食パンにマヨネーズを塗っただけの昼食、ごみの日も把握していない現実。1人分の家事だけで休日を丸ごと費やした健也は、春実なしでは身の回りのことすら満足にできない自分を痛感するのだった。
●前編【「妻を卒業しようと思うの」娘の独立と同時に離婚届を突きつけられた夫の茫然…熟年離婚の厳しすぎる現実】
名もなき家事に追われる日々
午後6時、健也は終業のチャイムが鳴ってもしばらく席を立てなかった。
特別仕事が立て込んでいたわけではない。それなのに、朝からずっと肩に力が入っていた。
「山本さん、このあと一杯どうですか」
隣の席の後輩に声をかけられ、健也は反射的に首を振った。
「いや、今日はやめとく」
「休肝日ですか」
「いや……帰ってやることあるから」
春実が去ってからもう1週間以上経つ。何度か連絡したが、いまだ返信はない。駅前のスーパーに寄り、卵、牛乳、食パン、洗濯洗剤をかごに入れる。棚を見ながら、ふと口をついて出た。
「流しのネットも切れてたな……」
キッチンの排水口用のごみ受けも、風呂場の詰め替えも減っていた気がする。
前ならそんなこと、気づきもしなかった。
セルフレジで袋詰めをしながら、帰宅後の段取りを頭の中で並べる。飯を食べて、洗濯を回して、干して、昨日のシャツにアイロンをかける。考えることが途切れない。
「ただいま……」
家に戻ると、朝出しっぱなしだったマグカップがまだテーブルに残っている。買ったものをしまい、靴下を脱いで洗濯機に向かったところで、昨日洗ったタオルをまだたたんでいないことに気づく。
「またか……」
ため息が漏れた。
ひとつ終えたと思えば、また次の仕事が出てくる。名前もついていないような細かい作業ばかりだ。だが、そのどれもを誰かがやらなければ、家はたちまち散らかり、生活はすぐに止まってしまう。
